Vol.7 加藤節子さん「翻訳を通してこの世界を理解する」
【プロフィール】
加藤節子さん Setsuko Kato
津田塾大学英文学科英文科卒業後、都内の中学高校に英語教師として勤務。その後水野同時通訳研究所に学び、フリーランス通訳翻訳者として活動を始める。1枚の新聞記事をきっかけに、デンマーク語翻訳の世界へ。現在は、英語・デンマーク語翻訳者として活躍中。訳書に『フレッシュクリーム』他。講演者としての顔も持つ。
英語に興味を持ったきっかけは?
特に理由もきっかけもありません。昔から文学が好きで、「英語を勉強すれば、世界が広がるかな」と思って英文学を専攻しただけなんです。当時は翻訳者になるなんて、ましてや出版翻訳に携わるなんて思ってもいませんでした。大学に合格すればいいなぁというぐらいでしたので(笑)。
大学卒業後は学校で教えていらっしゃったんですか。
当初、地元に戻って教えるつもりでした。少しでも地元の英語レベルが上がればいいなと思っていたんですが、いざ行くというときになって、「もし今地元に帰ったら、二度と東京に戻ってこれないんじゃないか」と不安になったんです。思い切ってお断りして、東京の学校で教えることになりました。
その後、通訳学校へ?
結婚後しばらく家にいたんですが、あるとき、大学の同窓生と28日間のヨーロッパ旅行に行ったんです。機内で隣に座ったイギリス人女性と話をした時に、自分がいかに話せないかを痛感しました。ヒアリングもスピーキングもままならず、非常にショックを受けたんですよ。教員採用試験時には、英会話の試験もあったのですが、教えることと実際に自分が話すのとは全く別なんですよね。
帰国後、「せっかく英語をここまでやってきたんだから、徹底的にやってみよう!」と思い、通訳学校の門を叩きました。
通訳翻訳、両方経験して、最終的に翻訳を選んだのは?
通訳学校には3年程通い、フリーでお仕事も頂いていたんですが、どこかで通訳者としての限界を感じてもいました。そんな時、先生に翻訳を褒められたんですよ。単純なので、「あら私、翻訳の方が向いてるのかも」と思っちゃったんですね(笑)。性格的にも、じっくりやる方があっているようです。
デンマーク語との出会いは?
1983 年に目にした、1枚の新聞記事がきっかけでした。上野千鶴子さんが、「恋愛結婚という愛の王国、それは差し向かいの孤独や出口のない牢獄につながりかねない」とおっしゃっていますが、私自身まさにそういう状況でした。そんなとき、「結婚も恋愛も時代遅れ」という記事を目にして、もしかしたらここに何かヒントがあるんじゃないかと思ったんです。スサンネ・ブレガーというデンマークの作家が書いた本でした。
彼女の本をどうしても読みたい! と思って、新聞社に電話したのですが、一切情報を教えてもらえなくて。最終的に、作者に直接手紙を書きました。しばらくして届いたのが、英訳の『恋愛から我々を解き放て』という本です。読んでみておもしろい! と思いましたね。彼女の本は13ヶ国語に翻訳されているのですが、日本語には翻訳されていなかったんです。英語版を読んで内容は理解はしたものの、いっそのこと彼女の文章を原文で読んでみたいと思ったんですよ。そうするには、私がデンマーク語を勉強するしかないわ!と(笑)。
当時、デンマーク語を教えているところなんてなかったので、大使館に電話して先生を紹介して頂きました。片道2時間かけて先生宅に通ったんです。バカみたいな話ですが、そこまでしても読みたかった本だったんですよ。当時、女性のセクシュアリティって、あまり語られていなかった分野だと思うんです。男性の目からみて、こうじゃないか、あぁじゃないかとは言われてきましたが、スサンネが、女性自身の目でみた女性を語っているのが意味があると思ったんです。
スサンネ・ブレガーさんとは、ずっと文通をされているそうですね。
初めて手紙を書いて以来、やりとりは続いています。1989年に、仕事の関係で初めてデンマークを訪れた時、スサンネには「デンマークに行きます」とだけ手紙に書いて、返事を待たずに出発したんです。ところが、ホテルに着いたら本人から電話が! 今まで手紙でずっとやりとりしていたものの、実際に会ったのはその時が初めてだったので、感動的でした。
1999年に『フレッシュクリーム』を翻訳出版した時には、日本に来てくれたんです。世界中を旅している彼女ですが、日本には一度も来たことがなかったんです。「来てくださいよ」と言うと、「翻訳本が出たらね」と笑っていたのですが、ついに来日が実現しました。東海大学、大阪外国語大学、津田塾大学で講演して頂き、最後には津田ホールで、田嶋陽子さんとの対談をセッティングしました。何もわからないまま飛び込んだデンマーク語の世界が、ここに繋がったというか、少しだけ形になった気がして非常に嬉しかったことを覚えています。
加藤さんの考える、翻訳の面白さとは?
「現在」という時代の一面を、表現者は生々しい切り口で伝えています。私はその情報を皆さんと共有するためのお手伝いをしているという感覚でしょうか? 私自身も、知識や世界が広がりますし、間接的ながら、自分が情報発信者になれるという喜びがあります。
「翻訳本」
翻訳するときに、心がけていることは?
皆さんやっていることかもしれませんが、なるべく自然な日本語になるように意識しています。例えば、推理小説の翻訳を頼まれたら、まず推理小説を何冊か読んでみます。他の分野でもそうですが、仕事の依頼がきたら、まずその分野の文献・資料を読みます。単に単語を調べて訳すのとは違って、日本語のクオリティや自分の理解度も深まる気がします。
いつも思うことですが、作家の文章って本当に素晴らしいんです。どんなにいい翻訳ができたとしても、作家が書く文章には叶わないなぁと思ってしまいます。
訳に悩んだ時は和英辞典を活用します。「この英語どう訳そう」と思う時、英和辞典をひきますよね? 私の場合は、まず自分の頭に思い浮かんだ日本語を、和英辞典で調べてみるんです。逆転の発想ですね(笑)。日本語を調べたときに、元の英単語が載っていればOK! 辞書って飽きないんです。いろんな用例や訳語が載っていて、一日眺めていても楽しめますよ。
出版翻訳者を目指す人へのメッセージをお願いします。
ラッキーな人は別として、いきなり出版翻訳は難しいと思うんですよ。チャンスが来たら手を伸ばしてください。でもその為の準備として、いろんな分野を勉強して、実体験を積むことです。経験は多ければ多いほどいいです。人生経験という意味においても。翻訳って、どういう言葉が、どういう話が、どういうタイミングで出てくるのか分からないですもの!
「愛用の辞書たち」
もし翻訳者になっていなかったら?
この質問、絶対最後に聞かれるだろうなと思って、事前にすごく考えたんです。先生になる夢も叶ったし、通訳もやってみました、そして今ここにいます。別の人生と思っても、思い浮かばないんです。どうしてなんでしょう? もう年だからとも思うんですが、もう少しだけこの世界でがんばってみようと思っています。
【編集後記】
1枚の新聞記事との出会いが加藤さんの人生を変えたのかと思うと、インタビュー中ぞくぞくしっぱなしでした。「日本語訳がないのなら、私が訳せばいい」、なんて素敵な発想なんでしょう! 今後もまた、書店で加藤さんの翻訳本にお目にかかれるのを心待ちにしています。
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