INTERPRETATION

第3回 ギリシャをaGreekmentで救済?!

グリーン裕美

ビジネス翻訳・通訳で役立つ表現を学ぼう!

 こんにちは。この一週間、日本では安保法案関連ニュースや新国立競技場見直しなどが大きく報道され、BBCをはじめヨーロッパのメディアでも取り上げられています。ただ、このコラムではヨーロッパからの経済・ビジネスにかかわる情報として、前回に引き続きギリシャ問題を取り上げます。

 前回、ギリシャ問題でよく登場する人物を7人紹介しました(ギリシャ・ドイツ・フランスの首脳、ECB総裁、IMF専務理事、ユーログループ議長、欧州委員会委員長 誰でしたっけ? お忘れの方は第二回をご覧ください!)が、他にも重要人物が数人います。今回は、その中の一人であるドナルド・トゥスク氏、と最近の同氏の発言について取り上げます。

 まず、ドナルド・トゥスク氏と聞いて、即座に彼の役職名が頭に浮かんだとすれば、あなたはヨーロッパ通です!トゥスク氏の正式な肩書きはPresident of the European Council(欧州理事会議長)で、EU President(EU大統領)とも呼ばれます。ただし「大統領」といっても、一般のヨーロッパ人でさえ、役職名・名前・顔を一致されられる人はほとんどいないので、「初めて聞いた!」という人も自分の無知さにがっかりしないでください(笑)。そもそも「EU大統領」という役職自体がほんの5年前に新設されたもので、EU加盟国の首脳が集まるEU首脳会議の議長のこと。当時は、イギリス首相を退任したばかりだったトニー・ブレア氏がEU大統領の最有力候補として大騒ぎされましたが、結局他のヨーロッパ首脳は自分より有名でしかもイギリス人のブレア氏を拒否し、国際的には無名だった当時のベルギー首相Van Rompuy(ヴァンロンプイ)氏を選出しました。イギリスにいる者としてはがっかりしましたが、そのヴァンロンプイ氏が昨年の終わりに任期を終え、第二次EU大統領として引き継いだのがトゥスク氏です。

 大変前置きが長くなりましたが、そのトゥスクEU大統領も当然ギリシャ問題に深くかかわっています。7月12日から13日にかけて緊急のユーロ圏首脳会議が開かれ、ギリシャを支援するのか、いよいよユーロ圏離脱の方向に進むのかについて17時間に及ぶマラソン協議が行われました。そして会議の報告を待ち構えていた報道陣の前に姿を見せたのが議長のトゥスク氏です。その発表で、こんな風におっしゃいました。 

“One can say that we have a-Greek-ment”

関係者一同お疲れの場で、agreement(合意)とGreek (ギリシャの)をかけたおやじギャグ的な表現。通訳者泣かせです。記者会見を生放送で同時通訳していた方は、どう訳されたのか気になります。

 もし辞書の見出し語として加えられるなら……

a-Greek-ment (名) ギリシャ支援に関する合意(2015年7月、債務問題を抱えるギリシャに対しユーロ圏首脳が合意した救済措置)

のように説明をつけるでしょう。ただし今後この言葉がどのような意味で使われるか(今回の合意のみを指す言葉か、ギリシャ支援に関する新たな合意についても使われるようになるのか)、また「アグリークメント」というカタカナ表現が日本語としてある程度定着して、通用するようになるのか等により、定義や訳語は変わります。

 

 通訳の場合、「文脈」、つまりその前後の言葉も考慮して、全体の流れとして訳しますから、その前の発言も紹介すると

Good morning. Today, we had only one objective: to reach an agreement. After 17 hours of negotiations, we have finally reached it. One can say that we have ‘agreekment’…(その後、合意内容が続く)

ということで、すでに合意があったことを述べているし、関係者がみなギリシャ支援の話だということも分かっている状況なので、One can say…の部分は「”ア・グリーク・メント”に達したとも言えるでしょう」のように、原発言を紹介するような訳にすればいいのではないかと思います。

 このギリシャ問題。とりあえずギリシャのユーロ離脱は免れた(先延ばし?)とはいえ、解決からはほど遠い状況です。aGreekmentが将来的にも使われるかどうかも含めて、今後の動きにも注目していきたいと思います。

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記事を書いた人

グリーン裕美

外大英米語学科卒。日本で英語講師をした後、結婚を機に1997年渡英。
英国では、フリーランス翻訳・通訳、教育に従事。
ロンドン・メトロポリタン大学大学院通訳修士課程非常勤講師。
元バース大学大学院翻訳通訳修士課程非常勤講師。
英国翻訳通訳協会(ITI)正会員(会議通訳・ビジネス通訳・翻訳)。
2018年ITI通訳認定試験で最優秀賞を受賞。
グリンズ・アカデミー運営。二児の母。
国際会議(UN、EU、OECD、TICADなど)、法廷、ビジネス会議、放送通訳(BBC News Japanの動画ニュース)などの通訳以外に、 翻訳では、ビジネスマネジメント論を説いたロングセラー『ゴールは偶然の産物ではない』、『GMの言い分』、『市場原理主義の害毒』などの出版翻訳も手がけている。 また『ロングマン英和辞典』『コウビルト英英和辞典』『Oxford Essential Dictionary』など数々の辞書編纂・翻訳、教材制作の経験もあり。
向上心の高い人々に出会い、共に学び、互いに刺激しあうことに大きな喜びを感じる。 グローバル社会の発展とは何かを考え、それに貢献できるように努めている。
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