INTERPRETATION

第83回 OED辞書入りを果たせる新語とは?

グリーン裕美

ビジネス翻訳・通訳で役立つ表現を学ぼう!

皆さん、こんにちは。2月も終わりに近づき、だんだん日が長くなるのを実感できるようになりました。日照時間が長くなると春も遠くないなと少しうきうきします。

ところで私はニュース翻訳者としてまずはこの業界に入りましたが、会議通訳・出版翻訳・大学講師の3本立てとなって早10年になります。ここ数年は通訳が中心で翻訳をほとんどしていなかったのですが、年末から久しぶりに辞書翻訳をしました。Oxford Essential Dictionaryというコンパクトな辞書をパートナー翻訳者と二人で互いの翻訳をチェックしながら丸一冊を訳し終えたところです。1つ1つの単語の定義を読みながら適切な訳語を1つずつ入れていくのは、ふだんやっている同時通訳とはまったく異なるスキルが必要となる大変地味な作業です。でも、単語1つ1つに正面から向き合い、「なるほど、つまりこういうことね」と訳語を入れていくのはなかなか楽しい側面もあります。

単語の定義はlexicographers(辞書編纂者)と呼ばれる言葉の専門家が担当しますが、lexicographersには「新語を選ぶ」という大事な任務もあります。日本語でも英語でも(きっと他の言語でも)毎年新しい言葉がどんどん生まれていますが、いわゆる「流行語」というのはふつう辞書の仲間入りはしません。ある程度定着して今後も使われると判断される場合にやっと「辞書入り」を果たします。Oxford Essential Dictionaryでは見出し語 “friend” にa person who you communicate with on a social networking websiteという新たな定義が加えられたり、hashtagやFacebookなどのSNS用語、tabletやsmartphoneなど今ではすっかり定着した「新製品」などロングマン英和辞典の編纂をしていた2005年ごろには使われていなかった用語がたくさん入っていて新鮮さを感じました。

では、具体的にどんな言葉が「辞書入り」して、どんな言葉はそれを果たせないのでしょう。

皆さんお馴染みの “Brexit” は、昨年末にめでたくOxford English Dictionary (OED)入りを果たしました! これは、皆さん納得でしょう。定義はthe (proposed) withdrawal of the United Kingdom from the European Union, and the political process associated with it. Sometimes used specifically with reference to the referendum held in the UK on 23rd June 2016, in which a majority of voters favoured withdrawal from the EU。「イギリスのEU離脱」に加え、「それに伴う政治的なプロセス」、また「昨年6月23日の国民投票」も指す場合がある、ということですね。

Brexit国民投票の直後にはBregret, Bremorse, BrexSickのような新語も生まれましたが(第52回参照)、これらの言葉はBrexitに比べると使用頻度がずっと低く、今後使われる可能性も低いと考えられるため、OED入りを果たしていません。

ではGrexitはどうでしょう? これはGreeceとExitを合わせた造語で2010年の欧州ソブリン危機の頃に生まれた言葉ですが、2012年ドラギECB総裁による「do whatever it takes(ユーロ圏を守るためにはどんな手段でもとる)」という名言の後いったん落ち着いたものの、その後も何度か騒ぎになったかと思えば沈静化しました(Brexitと同じくExitとの造語ですが、ここでは「ユーロ圏からの離脱」であり通貨は変わらないBrexitの「EU離脱」とは意味が違うので要注意です)。このGrexitという言葉は2012年にOED入りが検討されたときは却下されたものの、2016年にやっと新語として認められました。年明けにまた話題になっているので、当然辞書入りを果たして正解だったと言えるでしょう。

今年はFrexitやNexit、Italeave、Auxit/Oexit(それぞれフランス、オランダ、イタリア、オーストリアのEU離脱)の可能性も懸念される中、政治の動きとは別にどれが辞書入りを果たすのかも興味深いところです(そんなことを気にしている人はあまりいないと思いますが…)。

ところで今回OED入りを果たした言葉には、なんとtakoyakiとtonkatsu sauceが含まれます! 以前から、sushiやsashimi、tsunamiなどという日本語発祥の言葉は含まれていましたが、「たこ焼き」や「とんかつソース」がOED入りを果たしたなんて日本人としてはなんだか誇らしく思ってしまいます♪ これを機会に地元でも手に入りやすくなることを願います。

2017年2月27日

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記事を書いた人

グリーン裕美

外大英米語学科卒。日本で英語講師をした後、結婚を機に1997年渡英。
英国では、フリーランス翻訳・通訳、教育に従事。
ロンドン・メトロポリタン大学大学院通訳修士課程非常勤講師。
元バース大学大学院翻訳通訳修士課程非常勤講師。
英国翻訳通訳協会(ITI)正会員(会議通訳・ビジネス通訳・翻訳)。
2018年ITI通訳認定試験で最優秀賞を受賞。
グリンズ・アカデミー運営。二児の母。
国際会議(UN、EU、OECD、TICADなど)、法廷、ビジネス会議、放送通訳(BBC News Japanの動画ニュース)などの通訳以外に、 翻訳では、ビジネスマネジメント論を説いたロングセラー『ゴールは偶然の産物ではない』、『GMの言い分』、『市場原理主義の害毒』などの出版翻訳も手がけている。 また『ロングマン英和辞典』『コウビルト英英和辞典』『Oxford Essential Dictionary』など数々の辞書編纂・翻訳、教材制作の経験もあり。
向上心の高い人々に出会い、共に学び、互いに刺激しあうことに大きな喜びを感じる。 グローバル社会の発展とは何かを考え、それに貢献できるように努めている。
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