INTERPRETATION

第24回 1000回繰り返すことで得られるものとは?

上谷覚志

忙しい人のためのビジネス英語道場

 皆さんこんにちは。

 突然ですが、皆さんの家に何冊英語のテキストがありますか?そのうち最後まで使ったものは何冊ありますか?さらにその中で最後まで2回以上使った本は何冊ありますか?

 仕事柄、今売れている本、注目されている本があれば、とりあえず買ってチェックしたり、教材を作る時の参考に買うこともあるので、相当数の英語のテキストが自宅やオフィスにあります。またこれまで買ったテキスト類を数えたとしたら何百のレベルは優に超えていると思います。学校で買わされたテキストを除いて、自分で選んで買ったものの中で、最後まで使ったもの、2回以上使ったものをふるいにかけていくと、その数はどんどん小さくなっていきます。

 皆さんはどうでしょうか?これまでを思い返してみると、繰り返し使ったテキストや教材は案外ないという方は少なくないと思います。テキストや教材との相性も確かにありますので、買ったら絶対に最後までやらないといけないとは思いませんし、試験対策本やテスト形式のテキストや教材の場合は、答えを覚えてしまうとあまり繰り返すメリットはないというようなケースもあるでしょう。

 今のような情報社会では、英語の勉強方法の流行り廃りも早いですし、口コミも氾濫していて、他の教材の方がいいのではと思わせるような広告も毎日のように目にするので、教材を絞り込み、それを続けることは至難の業と言えるかもしれません。

 これまで私が使ったテキストや教材の中で、唯一3年間毎日使い続けた本があります。もうとっくに絶版になっている本で、当時ですら書店で見たことがない本でしたの。私が中三の頃から通い始めた近所の塾の高等部のコースに高校入学とともにスライドし、その時にその本をもらいました。本の名前も、筆者も覚えていないのですが、そこには1200の英語の例文とその日本語訳が反対のページにある、とてもシンプルな構成でした。今の本のような多色刷りでもなく、解説もかわいいキャラクターも全くありません。

 その本を使って教えていた塾長も、この例文は文語で今は使われませんと注釈を入れないといけない例文もあちこちにあり、今教える立場で客観的に評価すると、自分が教えるのには絶対に選ばない本だと思います。25年ほど前ではありましたが、もっと学生受けしそうな本はたくさんありましたが、塾長はなぜかこの本にこだわり、この本の中の例文を3年間かけてひたすら覚えるという課題を生徒に課しました。

 例文が内容に合わせて分類もされていないため、脈絡のない形で文章がつらつらと並んでいるだけでした。それを塾長が細かく分類し、例えば例文1と23、45、209,451、786,907,1048が依頼の表現というグループだとしたら、それぞれの番号の横に手書きで他の類似番号を書いていきました。最初は写経のように、ひたすら家で英文を書き写しながら、音読を繰り返しました。授業では日本語訳を言われたら、英語の文章を口頭で出すという練習(クイックレスポンス)をし、1文ごとに出せるようになったら、今度はグループ全部の英文をすべて日本語訳なしで諳んじられるように練習しました。ここまで来ると百人一首の上の句を言われて、下の句を全て言うような感じですが、その数が12倍の1200の例文、しかもグループごとの組み合わせも覚えないといけないので、ある意味百人一首以上の難しさがあったのかもしれません。

 高校3年間毎日このテキストを持ち歩き、ひたすら例文とグループの組み合わせを覚えた結果、構文力、文法力の大きな基礎となり、大学受験はもとより、海外で英語を吸収する上での下地にもなりました。25年経った今でも、通訳をするときの支えになっていると感じることがあります。

 現代はいろいろなものが使い捨てされ、常により良いものを求めることが全てにおいて当たり前になっていますが、お世辞にも素晴らしいコンテンツ・レイアウトとは言えないテキストを3年間使い込んだ結果得られた成果は、優れたコンテンツを一度終える場合の成果よりもはるかに大きなものだったと感じています。

 よくどのテキストがいいですか?とかどの英字新聞・雑誌がお勧めですか?という質問を受けます。英語教材の広告的には、これまでとは全く違う、これまでにない効果が得られるというような宣伝文句が常套ですが、コンテンツの優劣の差はどんどん小さくなってきていると思います。もちろん中にはあれ??というようなテキストが堂々と売られていることもありますが。

 大事なのは、何を使って勉強するかではなく、どのように、そしてどれだけテキストが提供できるエッセンスを搾り取れるかが今の情報過多の時代には必要な気がします。The less the moreの精神が英語学習にも求められているのではないでしょうか。1回、2回ではなく100回、1000回繰り返すことでしか得られないものが必ずあると思います。

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記事を書いた人

上谷覚志

大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。

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