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通訳美人道「1. 通訳美人のマナー術」

柴原早苗

通訳美人道

通訳美人道
「人を外見で判断してはいけない」・・・確かにそうです。でもある心理学者の研究によると、人の第一印象はわずか3秒で決まるとか。となるとやはり通訳者としてふさわしい装いが必要です。無難なのはダークカラーのパンツスーツ。スカートでももちろん良いのですが、ひょっとしたら商談先の会議室のソファが深々としているかも。そうなると脚の露出が気になってしまい、通訳に集中できませんよね。女性の場合、替えのストッキングもあると便利。
通訳者を目指すなら、普段からきちんとした言葉遣いを。さもないと「日ごろの言葉遣いが通訳中に出てしまい恥ずかしい思いをした」ということにもなりかねません。放送禁止用語、「ら抜き言葉」など、通訳業界ではNGとされている言葉は日頃から避けましょう。また、顔なじみの通訳者とパートナーを組むのであっても、公の場所ではきちんとした日本語がベターです。尊敬語・謙譲語もマスターし、社会人としてふさわしい言葉遣いを心がけましょう。
人間関係は挨拶に始まり挨拶に終わると言われています。まずは大きい声ではっきりと。現場入りしたら腹式呼吸を使って「おはようございます。本日担当いたします通訳の○○です。よろしくお願いいたします」と言えば、ボイストレーニングにもなります。業務終了時にも担当者に挨拶をしてから帰りましょう。担当者がいなければ別の人に挨拶し、必ずその人の名前を控えておきます。昼食や休憩で席をはずすときも一声かけて。
たとえば商談の逐次通訳で一番迷うのは、日本人側が英語を話す場合。交渉開始から双方が英語で話し始めたら「通訳は必要ですか?」とすぐに尋ねましょう。一部の日本側出席者が通訳を必要としているかもしれませんし、逆に「わからない箇所だけ訳してくれれば良い」というケースもあります。また、エージェントの依頼内容と現場でのやり方が異なる場合も臨機応変に。コミュニケーションの仲介者としてできる限りのことをしましょう。
当日になって次々と玉手箱のように新しい資料が渡されることもあります。「せっかく予習してきたのに」と思うとむなしくなりますよね。でもこれも仕事のうち。勉強してきたことは必ず蓄積されています。わからないことはクライアントにどんどん質問し、新しい知識は謙虚に吸収していくことが次の仕事へつながります。逐次通訳の場合、通訳中でも不明点を必ず確認すると良いでしょう。聞くことは恥ではないのですから。
メールや電話、手紙など、日頃から迅速に返事をするよう心がけましょう。エージェントからの仕事の依頼は即答するのがマナーです。他の仕事とのスケジュール調整が必要な場合、「○○時までにお返事を差し上げてもよろしいでしょうか?」と確認すると良いですね。今はメールも外出先でアクセスできるのでこまめにチェック。手紙の文例集も一冊手元にあると便利です。書き言葉は文面での会話より誤解を生みやすいので、書くときは何度も推敲を。
手帳は必需品。エージェントから業務を依頼されたら、その仕事を受けられるか手帳を見ながら確認します。電話での依頼であれば日時・場所は復唱し、すぐに手帳に書き込みます。訪問先やエージェントの担当者の連絡先も書いておけば、緊急時や業務終了報告の際に役立ちます。自宅用にも手帳かカレンダーがあれば、手帳をなくしたときのバックアップになります。仮予約も必ず記入し、ダブルブッキングを防ぎましょう。
集合時間は厳守。終了時間の延長ができない場合、エージェントから仕事を引き受ける時点でその旨を伝え、当日もクライアントと再確認しましょう。集合時間については、一時間前に現地入りするつもりで。一時間の余裕があれば、電車事故があってもリカバーできます。また、路線や時刻表、訪問場所のチェックは念入りに。路線図付きポケット地図があれば電車事故で別の路線を乗り継いだり、タクシーに乗ったりする際も対処できます。
一日ハードな通訳をして意外と忘れてしまうのがエージェントへの業務終了報告。実際の業務開始・終了時間を伝えます。「休憩時間をとってもらえなかった」「昼食時も通訳を頼まれてしまった」「資料が違っていた」など、今後エージェントとクライアントの間での要調整事項も報告します。将来への建設的意見であればどんどんコーディネーターへ。通訳者・クライアント・エージェントが今後もより良い仕事をしていくのが目的なのですから。
通訳学校では一語たりとも漏れなく訳すよう訓練を受けるでしょう。でも日本語と英語では一分間に盛り込める情報量が違います。100パーセント訳せたところでお客様がわかっていただけなければ、コミュニケーションの仲介にはなりません。商談通訳であれば、目的は何か(売り込み、契約成立、表敬訪問など)、セミナーの同時通訳の場合、聴衆は専門家か一般の人かなど、常に状況を鳥瞰図的にとらえ、状況に合った通訳を心がけましょう。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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