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第254回 各駅停車に乗ったときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

各駅停車というテーマと言っても、人生も各駅停車でゆっくりがいい、という話ではなく、各駅停車に乗ると人の暮らしが見える、という話をしたいと思います。

というのも、ローカル線の各駅停車に乗っていたら、駕籠(かご)の詩を思い出してしまったからなんです。

英語の詩なのに駕籠って、と思うかもしれませんが、本当にそんな英語の詩があるんです!

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The Kagoes of a Returning Traveller
Amy Lowell

Diagonally between the cryptomerias,
What I took for the flapping of wings
Was the beating feet of your runners,
O my Lord!

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駕籠に乗って帰る旅人
エイミー・ロウエル

杉の木立を斜めに通って
羽ばたきと思ったら
駕籠を担いで走る人の足音だったなんて
なんとまあ!

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英語の詩で、まさか駕籠が登場するなんて、なんとまあ!

作者エイミー・ロウエルは、俳句風の詩を多く残すなど日本文化に造詣が深く、江戸時代の日本の情景を描いた詩を多く残しています。

Diagonally between the cryptomerias,
杉の木立を斜めに通って

日本人は「杉の木立」というキーワードだけで、日光杉並木をはじめとする江戸時代の街道を思い浮かべることができますよね。

江戸時代の日本の街道の整備状況については、幕末期の日英修好通商条約締結を機に来日した初代のイギリス駐日領事オールコックに触れないわけにはいきません。

彼は日本の歴史や文化に精通していて、『大君の都』という日本見聞録を書き残しています。そこには、日本の景観や人々の暮らしが、巧みな描写力かつフラットな視点で、描かれています。

その中で、日差しを避けられるような大木の並木があり、敷石もあり広く往来を助けているという街道の様子にも触れられています。

徒歩、駕籠、馬などが交通手段だった時代、高架や盛り土の線路や高速道路もなく、地べたを人が行き交っていたからこそ、人々の暮らしをつぶさに見ることができた。

ローカル線の各駅停車に乗っていると、地元の高校生がわんさか乗ってきたり、車窓の田んぼがまぶしかったり、社や商店がぽつぽつと目に飛び込んできたり、人の暮らしをより肌で感じることができるなと感じます。

What I took for the flapping of wings
Was the beating feet of your runners,
O my Lord!

羽ばたきと思ったら
駕籠を担いで走る人の足音だったなんて
なんとまあ!

パタパタという音が、鳥か何かの羽音かと思ったら、実は駕籠を担いで走る人夫の草履の音だった。

このイメージ、最高じゃないですか!

たったこれだけの少ない言葉で、現代の時代劇ドラマ並みに、江戸時代の情景がありありと想像ができませんか。

作者エイミー・ロウエルが詩人として有名な最大の理由は、イメージの詩人としての開拓者であるという点です。

一見異なるように思えることを、少ない言葉で結びつけ、イメージを喚起する。

現代では、当たり前の表現手法ではありますが、何を描くのかというチョイスと結びつけるイメージの鋭さにおいては、20世紀初頭の詩人エイミー・ロウエルは開拓者にして第一人者であるなと思います。

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今回の訳のポイント

江戸時代の街道の様子を、少ない言葉で鮮明に描いた英語の詩。

驚くことに、作者エイミー・ロウエルは日本に長期滞在していたというわけではないんです。探求心と真摯な視点があれば、異文化であっても深く理解できるのだということの証明であると、いつも思います。

この詩のポイントは、そのタイトルです。

The Kagoes of a Returning Traveller
駕籠に乗って帰る旅人

何がポイントかと言うと、Kagoes です。

Kagoes の何がポイントかと言うと、Kagos でなく、Kagoes であるという英語の複数形の形です。

英語の複数形や三人称単数の語尾には s がつきますが、potato が potetoes になったり、go が goes になったりするように、o の後ろでは、s ではなく es になるというルールがまずあります。

そして、発音面では、母音や有声音の後ろでは「ズ」の音になる一方で、k や t や p といった無声音の後ろでは「ス」の音になるので、例えば、kick は kicks となって「キクス」となります

もともと、音節が短い語には s がつくのですが、go に s をつけても発音にしくいので、語を少し長くするために母音のような e を挟んで、es をつけて「ゴウズ」と発音できる形にします。

なので、do を三人称単数にしようとして、s だけをつけて dos としてしまうと、発音は「ドス」になってしまいます。「ダズ」という「ズ」の発音にするためには、es をつけて does とする必要があるのです。

Kago「駕籠」の場合も同じで、複数形にしようとして、s だけをつけて Kagos としてしまうと、発音は「カゴス」になってしまいます。これでは複数形というよりも、ブランド名か何かの固有名詞かと思ってしまいますよね。「カゴウズ」と言いたければ、es をつけて Kagoes としなければいけないのです。

ローカル線の各駅停車で人の暮らしが見えるというところから、江戸の街道や駕籠、そして英語の複数形の発音の仕組みにまで話が広がるなんて。これもイメージの力ということでお許しください!

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記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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