第251回 電車をホームで待っているときに思い出す詩
寒い冬の夜。
風がピューピュー吹く夜。コートの襟を立てながら電車を待つ夜。
そんな夜に、皆が肩を震わせながらじっとホームに立っているのを見ると、子羊の詩を思い出します。
寒い夜、駅のホーム、子羊。これらに一体何の関係があるのか。まあ読んでみてください。
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A Chill
Christina Rossetti
What can lambkins do
All the keen night through?
Nestle by their woolly mother
The careful ewe.
What can nestlings do
In the nightly dew?
Sleep beneath their mother’s wing
Till day breaks anew.
If in a field or tree
There might only be
Such a warm soft sleeping-place
Found for me!
*****
寒夜
クリスティーナ・ロセッティ
子羊たちは何をする?
身を切るような寒い夜
もそもそ身を寄せるの おかあさん羊に
ふかふかのやさしいおかあさん羊に
ひなたちは何をする?
夜露に濡れそうなとき
おかあさんの羽の下で眠るの
夜が明けるまで
草原や木々のどこかに
ないのかなあ
身を寄せるふかふかが
このわたしにも!
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ふかふかのおかあさん羊におかあさん鳥。これは暖かいこと間違いなし!
What can lambkins do
All the keen night through?
Nestle by their woolly mother
The careful ewe.
子羊たちは何をする?
身を切るような寒い夜
もそもそ身を寄せるの おかあさん羊に
ふかふかのやさしいおかあさん羊に
英語の woolly「ふわふわ・ふかふか」、Nestle「もそもそ身を寄せる」というキーワードだけで、ふわふわの毛にもそもそと身をうずめるという子羊とおかあさん羊の姿、その温かさを感じられますよね。
What can nestlings do
In the nightly dew?
Sleep beneath their mother’s wing
Till day breaks anew.
ひなたちは何をする?
夜露に濡れそうなとき
おかあさんの羽の下で眠るの
夜が明けるまで
おかあさん羊の次は、おかあさん鳥!小さな巣の中で親鳥の羽の下に身をうずめる鳥のひな。これまたかわいすぎるイメージ!
子羊もそうですが、動物の赤ちゃん、最強ですよねえ。
If in a field or tree
There might only be
Such a warm soft sleeping-place
Found for me!
草原や木々のどこかに
ないのかなあ
身を寄せるふかふかが
このわたしにも!
ここまで動物の赤ちゃんの話だったのが、突然、自分という人間の話に!
羊は草原に、鳥は木々の枝にいて温もりを求めるのと同じように、人間は駅のホームで、ビルの谷間で、風吹く夜道で、温もりを求めます。
暖かい家に早く帰りたいなと思えば思うほど寒さが身に沁みる夜。吹く風も、舞う雪も、どれも寒く感じられますが、それ以上に凍えさせるのは、心に吹く風。
人間誰しもそれぞれに抱えているものがあり、苦しみや辛さから守ってくれる何かを求めます。人生には、暖かい昼のようなときもあれば寒い夜のようなときもあるし、晴れた日も雨の日もあって、心も身体も凍えそうなとき、身を寄せる何かが必要になります。
それは、子羊や小鳥が、おかあさん羊やおかあさん鳥に身を寄せて、ふわふわでふかふかの暖かい毛や羽で、寒さや夜露から身を守ってもらうのと同じです。
子羊にも小鳥にも、すぐそばにはおかあさん羊やおかあさん鳥がいて、温もりは手を伸ばしたところにあります。
人間は、どうでしょうか。
草原や木々の中で、巣の中で身を寄せる動物と違って、堅牢なコンクリートの家や立派な家があっても、人は心細いものです。
寒い夜、駅のホームで寒さに身を縮めるわたしたち。そのひとりひとりに、身を寄せられる何かがあってくれと願わずにはいられません。
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今回の訳のポイント
子羊と小鳥が、ふさふさの毛をしたふかふかのおかあさんに身を寄せるという、最強のほっこりイメージで攻めてくるこの詩。
最大のキーワードは、Nestle です。
What can lambkins do
All the keen night through?
Nestle by their woolly mother
The careful ewe.
子羊たちは何をする?
身を切るような寒い夜
もそもそ身を寄せるの おかあさん羊に
ふかふかのやさしいおかあさん羊に
この Nestle というひと言の動詞に、「もそもそと身を縮めながら暖かいものに身をうずめる」という意味があります。そして、Nestle「もそもそ身を寄せる」ものが Nestlings「鳥のひなたち」となるわけです。
短い単語ひとつだけで、その周辺も含めた豊かなイメージを喚起させることができる。それによって、言葉の数が少なくても、様々なことを、読む人の脳裏に思い浮かべさせることができる。
それが、詩の大きな特徴です。
そして、この詩では、子羊と小鳥の微笑ましい様子を他人事として見ていたら、温もりを求める人間の姿が最後に登場して、いきなり自分事になります。
これもまた詩のいいところですよね。
詩は、突然に心に響く言葉があって、それは友だちとの会話や流行りの曲の歌詞と同じだと、常々思っています。他人事だと思っていたことが、いきなり自分事に感じられて、ぐっと胸に何かがこみ上げる。
寒い夜、駅のホームで、この詩を思い浮かべて、温もりを求めるという人間のか弱さに涙ぐんでしまったら、あなたはもう詩人です!