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第248回 インドとのビジネスについて考えるときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

日本と海外のビジネス習慣には様々に違いがあり、それがビジネスを進める上での障害になることがよくあります。

細々とした仕事の進め方や人間関係の構築の仕方から、大きなプロジェクトなど目標へ向かっての歩み方に、根本的な違いがあって、双方がストレスを抱えてしまうこともあります。

特に、昨今インドとのビジネスで苦労する日本企業関係者の話をよく聞きます。英語と日本語両方を教えている関係で、双方の言い分を聞くことがあり、ふと雨に濡れる牛の詩を思い出しました。

雨に濡れる牛とビジネスに何の関係があるのか、まあ読んでみてください。

*****

The Cow
Robert Louis Stevenson

The friendly cow all red and white,
I love with all my heart:
She gives me cream with all her might,
To eat with apple tart.
She wanders lowing here and there,
And yet she cannot stray,
All in the pleasant open air,
The pleasant light of day;
And blown by all the winds that pass
And wet with all the showers,
She walks among the meadow grass
And eats the meadow flowers.

*****


ロバート・ルイス・スティーブンソン

赤と白の人懐っこい牛
僕は大好きなんだ
がんばってお乳を出してくれるから
リンゴのタルトのクリームになるんだ
あちこち歩き回ってはモーモー言っているんだ
でも迷子になってどこかに行くことはないよ
居心地のいい牧場にいて
気持ちのいいお日さまを浴びるんだ
風にびゅうっと吹かれたり
雨にざーっと降られたりしながら
牧草地を歩き回って
草を食むんだよ

*****

これは、ただの牧草地のただの牛を描いた、それだけの詩じゃないか!という不満が聞こえてきそうです。まあ落ち着いて、ちょっと考えてみましょう。

The friendly cow all red and white,
I love with all my heart:
She gives me cream with all her might,
To eat with apple tart.
赤と白の人懐っこい牛
僕は大好きなんだ
がんばってお乳を出してくれるから
リンゴのタルトのクリームになるんだ

牛は牛でも乳牛として、人間様のお役に立つ牛であるというのが、まず大前提としてあります。その上で、子ども視点なので、リンゴのタルトにのせる生クリームになるという平和な流れ。

肉牛だったら、こんなに素朴で可愛らしい展開にはなりませんよね。怖いもの見たさで、そんな詩があったら読んでみたい気もしますが。

She wanders lowing here and there,
And yet she cannot stray,
All in the pleasant open air,
The pleasant light of day;
あちこち歩き回ってはモーモー言っているんだ
でも迷子になってどこかに行くことはないよ
居心地のいい牧場にいて
気持ちのいいお日さまを浴びるんだ

牛は牛でも家畜の牛なので、人間様の管理下にあります。なので、牧草地から外に行ってしまうことはなく、牧場で居心地がよく安全な暮らしを送っています。

こうして、人間の影響下でコントロールされた牛の暮らしが見えてきます。

And blown by all the winds that pass
And wet with all the showers,
She walks among the meadow grass
And eats the meadow flowers.
風にびゅうっと吹かれたり
雨にざーっと降られたりしながら
牧草地を歩き回って
草を食むんだよ

ここで、はじめて人間のコントロールを越えた事態が登場します。雨と風です。

雨や風は、いくら人間でもコントロールできないですよね。牧草地や牛舎は管理できるとしても、風が吹くのを止めたり、雨が降らないようにするのは不可能です。

で、牛は何をしているかというと、風に吹かれるまま、雨に降られるままです。風に目を瞬かせたり、雨でびしょびしょになりながら、のそのそと歩く。

ここで、日本人とインド人のマインドの違いについて考えてしまうんです。

日本人は往々にして、がちがちに計画を立てて細かく管理していくやり方を好みます。何かを始めるにあたって、時間をかけて多くの根回しと配慮を施しお膳立てをして、言ってみれば、管理されたルートを直線的に進もうとするので、計画や枠組みから外れたり不測の事態に直面したりすると弱いというのが、よく指摘されます。

一方、インドの人々のマインドは、非直線的で軌道修正を何度もしながらジグザグに進めていく傾向があります。とにかく Yes と言って物事を先に進め、何か問題があればそこでまた調整するというやり方です。 Yes とは言ったものの作業が進まないとか、期限そのものが常に流動的だというのをストレスに感じる日本人も少なくないのも理解できます。

牛を比喩として言うと、日本人は、牧草地に柵を張り巡らし、牛舎に最新鋭の機器を導入して、できる限りの統制を図ろうとするイメージがあり、風に吹かれるまま、雨に降られるまま悠然と歩き回る牛を見てぎょっとしてしまうのではないかと思います。

こういったときは、個別の課題よりも、そもそものマインドの違いを理解し合わないことには、なかなか歩み寄ることができないのではないので、そういったときの英語表現をお伝えしたりというのが、自分の仕事にもなっています。

こうして、雨に濡れる牛の詩を通じて、インドとのビジネスについて語りたかったのですが、納得いただけたでしょうか。

*****

今回の訳のポイント

牧草地の牛を素朴に描いただけの子ども向けの詩なのですが、言葉のリズムや響きがけっこう重要な役割を果たしています。

I love with all my heart「僕は心底好きなんだ」
She gives me cream with all her might「全力でお乳を出してくれる」

どちらも with を使ったフレーズで、ちょっと大げさな雰囲気があるのですが、それぞれ単純な韻を踏めるので、リズムが良いです。

And wet with all the showers「雨にざーっと降られる」
She walks among the meadow grass「牧草地を歩き回る」

そして、スコットランド出身で、その後アメリカを経て、サモアへと移り住んだ作者スティーブンソンの出自を踏まえると、shower「雨」とmeadow「牧草地」は、いかにもイギリスらしく、この二つのキーワードだけで、心だけはイギリスの田舎にすぐに飛んで行けます。

家畜としての牛の姿を通して、日本とインドのビジネスの進め方の違いについて考えてみましたが、作者のスティーブンソンも、まさか、自分の素朴な子ども向けの詩が、こんな風に使われるとは思っていなかったのではないかと思います。

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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