第244回 偶然が重なったときに思い出す詩
偶然は重なるもの。
乗り遅れそうだった電車がたまたま遅れていて、無事に乗れたと思ったら、古い友人がその電車に乗ってきて、さらにびっくり。そんな偶然が重なったときに、ある詩を思い出しました。
雪とカラスが登場するのですが、どんな偶然が発生するのか。まあ読んでみてください。
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Dust of Snow
Robert Frost
The way a crow
Shook down on me
The dust of snow
From a hemlock tree
Has given my heart
A change of mood
And saved some part
Of a day I had rued.
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雪をバサッと
ロバート・フロスト
カラスが
僕に落としていった
雪をバサッと
栂の木から
それで気分が
変わった
心が晴れた
モヤモヤした一日が
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歩いていたら、木の上のカラスがちょうど飛び立って、そのせいでバサッと雪が自分に落ちてきた。その偶然によって、心のモヤモヤが晴れた。
本当に小さな偶然でしかない出来事なのですが、そのおかげで気分が良くなったという、爽やかな詩ですよね。
The way a crow
Shook down on me
The dust of snow
From a hemlock tree
カラスが
僕に落としていった
雪をバサッと
栂の木から
鳥という存在は、様々な偶然を巻き起こします。
自分は、昔、好きな子とイチャイチャ歩いていたら、電線にとまっていた鳥の糞がヒューっと落ちてきて、偶然にも自分の肩にベチャッとなって、ふたりして笑い転げた記憶があります。
何かに導かれるように鳥の糞が肩に落ちてきたり、雪がバサッと自分に落ちてきたり。大きく言えば、自然は人間の都合などお構いなしだという事実が、冷え渡った冬の寒い日の空気のように、何だかとても爽やかに感じられます。
英語としては、「カラスが飛び立ったりして雪を揺り動かして落としていった」ということを、The way a crow shook down「カラスが~を揺り落していった様子」と言っているのですが、これを冗長さを避けつつ、しかも滑稽な感じに訳すには、「バサッと」とするのが良さそうです。さすが、オノマトペ!最高!
Has given my heart
A change of mood
And saved some part
Of a day I had rued.
それで気分が
変わった
心が晴れた
モヤモヤした一日が
モヤモヤしていた一日。突然、バサッと雪が落ちてきた。それで気分が晴れた。落ちてくる雪は、予想もできないし避けることもできない。人間のコントロールを超えた自然の営みには、人間はお手上げで、むしろ潔さを感じさせます。
モヤモヤと悩みに囚われているときに、ちょっとした偶然によって、その思考が途切れて、ふとすがすがしい気分になるという経験は、生活のあちこちにあります。友人にメッセージしようとしたら、偶然向こうからもメッセージが来てクスッとしたり、丸めた紙をくずかごに投げたら見事に入って、ひとりでニヤニヤしたり。
人生は様々な偶然に満ちています。
電車で古い友人に会うというような小さな偶然から、キャリアを左右するような大きな偶然まで、ときに偶然の力によって、私たちは人生の変化を経験します。
落ちてきた雪が直撃したというマイナスの偶然も、気分一新するきっかけにもなると思えば、どんな偶然が自分に訪れるだろうかとワクワクしてきませんか。
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今回の訳のポイント
この詩の恐ろしいところは、切れ目がなく、全体で一つの文であるということ!しかも、行末はちゃんと韻を踏んでいるという凄まじさ!
これを行を分けるのでなく、一つの文として日本語に訳すと次のようになります。
The way a crow shook down on me the dust of snow from a hemlock tree has given my heart a change of mood and saved some part of a day I had rued.
「カラスが栂の木から雪をバサッと僕に落としていったことで、僕の気持ちに変化があり、くよくよしていた一日がちょっと気分的に良くなった。」
う~ん、これでは、ただのつぶやきでしかないですよね。英語では「カラスが、落とした、僕に、雪を」というように、読むごとに新しい事実が明らかになっていくのですが、日本語で一つの文として訳すと、その感じがないですよね。
英語では、主語+動詞+目的語の順で言葉が並ぶので、自然に「何を?」「それで?」という風に謎を解きながら読み進められます。だからこそ、切れ目のない一つの文を、行に分けるだけで詩としての情緒が宿るという、なかなかズルい仕組みを持っているのです。それで、「カラスが、落とした」から「モヤモヤした一日を」までの、偶然がもたらした変化を劇的に描くことができるのです。
今度からは、自分が経験した偶然を、日本語でなく、こういう英語の詩にしてみたら面白いかもしれません!