ENGLISH LEARNING

第242回 カエデを見たときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

秋深く赤く染まるカエデの葉を見ていたら、「なんでカエデって言うか知ってる?カエルの手みたいでカエデって呼ばれるようになったんだって」と言って振り返った人の顔を思い出し、まるで小説のような情景がよみがえって涙が出そうになりました。

そうしたら、カエデの葉で始まる詩のことを思い出しました。カエデの葉の赤を思い浮かべて読んでみてください。

*****

Circumstance
Amy Lowell

Upon the maple leaves
The dew shines red,
But on the lotus blossom
It has the pale transparence of tears.

*****

情景
エイミー・ロウエル

楓の葉の上で
雫は赤く光る
蓮の葉の上で
涙の透明さに

*****

4行だけの短い詩。楓と蓮。雫と涙。

この組み合わせの奇跡的な美しさ。そして、日本語訳の各行の文字数が揃うという奇跡!

作者エイミー・ロウエルは、俳句的な詩を多く残した詩人で、この詩もとっても雰囲気がありますよね。

Upon the maple leaves
The dew shines red,
楓の葉の上で
雫は赤く光る

枯れゆく楓と、瑞々しい雫を対比させるというのが素晴らしいですよね。

対比って心を揺さぶる重要な要素だなと思います。遠くにいるけど近くに感じられたり、近くにいるのに遠く感じられたり、悲しいけどおかしかったり、おかしいけど悲しかったり、そんなときに何故か涙がこぼれてしまうんですよね。

そんなことを考えていたら、うわっ!出ました!「涙」というキーワードが!

But on the lotus blossom
It has the pale transparence of tears.
蓮の葉の上で
涙の透明さに

楓の赤。蓮の緑。はぁ~、この対比がまた心にぐっときますねえ。枯れゆく楓に対して、瑞々しい蓮を続けるなんて、ズル過ぎます!

私たちの毎日は対比に満ちていて、生きるものと死にゆくものがあり、貧となり富めるものとなり、這いつくばったり跳躍を果たしたり。生と死が交錯するものだと言うと重く響きますが、それは事実で、生と死という究極の対比はいつも背筋を伸ばしてくれます。

そして、極めつけは、葉の上の雫の透明さは涙の透明さ、という最高に美しい表現!

蓮の葉の上の雫のように透明な涙が人の目に光るのを、自分の人生で何度か目にして心震えたことがあります。心の中はぐちゃぐちゃなのに、そういう時こそ、透明な涙が流れるのは何故なのだろうかといつも思います。

*****

今回の訳のポイント

4行の中に対比を入れ込み、清明で美しいこの詩。最大のポイントは、そのタイトルです。

Circumstance
情景

Circumstance という単語は、日本人が使いこなせていない単語ベスト30に入るのではないかと個人的に考えています。

日本人には「状況」という訳が一般的で、Situation という単語との混同も見られる印象です。

ポイントは、「状況」よりも「事情」という日本語に近いという点です。目の前の状況だけでなく、その裏にある背景を含めた状況を表すので「事情」という日本語の方がしっくりくることが多いです。

そう考えると、目の前の「景色」でも「光景」でもなく、「情景」とすれば良さそうですね。

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

END