第241回 トンボを見たときに思い出す詩
秋の空にトンボ。
それだけで何とも言えない情緒を感じてしまうのは、日本人だからでしょうか。いえいえ、英語にもその情緒を感じさせる詩があるんです。
秋の夕暮れに草むらでトンボを追いかける。そんな様子を思い浮かべながら、読んでみてください。
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Autumn Haze
Amy Lowell
Is it a dragon fly or maple leaf
That settles softly down upon the water?
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秋霞
エイミー・ロウエル
蜻蛉なのか 楓の葉なのか
水面にそっと降り立ったのは
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どうですか!まずもって、タイトルの Autumn Haze「秋霞」から、いきなり秋情緒が漂っていますよね。
作者エイミー・ロウエルは、俳句など日本文学を大いに意識した作品を残した詩人です。
だからなのか、「霞」という言葉から連想させる儚さ。それが、秋の醸し出す寂しさとも相まって、静けさを感じさせます。
そんな秋の静寂の空間に動きをもたらすのが、トンボ。
Is it a dragon fly or maple leaf
蜻蛉なのか 楓の葉なのか
霞の中をゆらゆらと揺れて舞うのは、トンボなのか、それともひらひらと散る楓の葉なのか。
じっと見守っていると、静かに水面に落ちて行った。
それだけのことを、少ない言葉で描き切っている詩。イメージの力でいくらでも行間を補って味わえてしまいます。
That settles softly down upon the water?
水面にそっと降り立ったのは
しかし、イメージの力というのは恐ろしいもので、人それぞれに勝手にイメージするものでもあります。よく考えてみると、水面って、どこの水面だという問題があります。
海でもいいし、湖でも、川でも、池でも、なんなら水たまりでもいいわけです。
日本人の情緒からすれば、竹と石と水という三点セットが揃ったししおどしに張られた水が、一番趣が感じられる気もしますが、どうでしょう。
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今回の訳のポイント
「秋霞」という趣深いタイトルで、秋のイメージを搔き立ててくれるこの詩。
しかし、よく考えてみると、疑問が湧いてきます。
トンボと楓の葉で見間違えることなんてあるのか。第一、大きさが随分と違う気もするし、楓の葉はそんなにひらひらとは落ちてこない気もしないでもない。
冷静に考えると、「あれっ?」と細かいところが気になってしまうのは、映画も同じですよね。しかし、フィクションの世界では、現実とはちょっと異なるかもしれないけれど、それでも何故だかリアルに感じられてしまうことがあります。
「リアル」を表す英語の単語に、real と actual がありますが、いかにもあり得るという意味でリアルなのが real で、現にそうであるというのが actual だと理解すると分かりやすい場合があります。
以前、何かの映画を評して「リアルではあるがアクチュアルではない」というのがあって、その時にこの2つの言葉の違いを強く認識しました。
トンボと楓の葉。
やっぱり見間違えることはないよなあと思ってしまいます。