第239回 早とちりしたときに思い出す詩
早とちり。
昔、ある人に会うのが楽しみ過ぎて、待ち合わせ場所に行ったら、それが一日早かったということがあります。
焦ってちゃんと確認せずに、間違えてしまう。そんな風に気が急いて、早とちりしてしまったときに思い出す詩があります。
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Cold clear and blue the morning heaven
Emily Brontë
Cold clear and blue the morning heaven
Expands its arch on high
Cold and clear Lake Werna’s water
Reflects that winter’s sky
The moon has set but Venus shines
A silent silvery star.
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暁の空は 冷たく 澄み渡り 青く
エミリー・ブロンテ
暁の空は 冷たく 澄み渡り 青く
蒼穹を 空高く広げる
ワーナ湖は 冷たく 澄み渡り
冬空を 水面に映す
月は沈んだ けれども 夜明けの明星が輝く
静かに光る 白銀の星
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冬空の情景を描いた美しい詩ですよねえ。
これが、なぜ早とちりと結びついてしまうかと言うと、朝晩が少し冷えてきた段階で、気が急いて、早くも冬モードに心が切り替わってしまうからなんです。
Cold clear and blue the morning heaven
Expands its arch on high
暁の空は 冷たく 澄み渡り 青く
蒼穹を 空高く広げる
冬空は冷たく澄み渡り、というイメージだけで、心は冬の気分になってしまいます。
朝起きて外の空気も「冷たく澄み渡り」の気分で、ウキウキで秋冬のジャケットを羽織って外へ出たらまだ暑かったり、夜の街のキラキラが目に入って、クリスマスのプレイリストを聴き始めたら、まだ10月じゃないかと自分にあきれたり。
The moon has set but Venus shines
A silent silvery star.
月は沈んだ けれども 夜明けの明星が輝く
静かに光る 白銀の星
早とちりって、ちょっとしたキーワードを耳にしただけで、頭がフル回転して、連想を始めてしまうからなんですよね。それで、たいした確認もせずに、分かったつもりになって、頭も心も身体もどんどん先へ進んでしまう。
ここも、「白銀」というキーワードひとつで、あっという間に、冬の世界に飛んで行けてしまうのであれば、早とちりの素質ありですね。
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今回の訳のポイント
たった6行だけで寂寥とした冬空のイメージを感じさせてくれるこの詩。
最大の謎は、突如登場する湖の名前です。
Cold and clear Lake Werna’s water
Reflects that winter’s sky
ワーナ湖は 冷たく 澄み渡り
冬空を 水面に映す
この湖は、実は、架空の物語の中の湖なんです。
作者エミリー・ブロンテを含む兄妹は、空想の王国を舞台にした物語を書くという遊びをしていました。小さな紙切れに小さな文字でびっしりと物語を書き込んだ豆本を何冊も作り、架空の王国の地図を作ったりすることを遊びとしていたのです。
エミリー・ブロンテの詩の中には、この架空の王国を舞台にして、その登場人物を主人公に書かれたものがいくつもあります。
それを経て、3姉妹で詩集を出したり、歴史的傑作となる小説をそれぞれ書き上げていったりしたのです。当時は女性作家・女性詩人が一般的でなかったため、当初は男性名で出版されたのでした。
イギリス北部の荒涼とした土地の小さな町でひっそりと暮らした姉妹の爆発的な想像力。それを考えると、早とちりするぐらいの連想の力を持っていても良いかなと思えてきます。