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第230回 欲張りだと思ったときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

欲張り。

ハンバーグにステーキ、さらにデザートに何を食べようか悩んだり、水族館に行って、ボウリングをして、おいしいご飯を食べて、花火を見て、それでもまだ帰りたくないと思ったり。

並べてみると、恐ろしいほどの欲張りですね。

底知れぬ欲張りな気持ちに気づいたときに思い出す詩があって、それは「8月」という詩なのですが、欲張りと何の関係があるのか、まあ読んでみてください。

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August
Celia Thaxter

Buttercup nodded and said good-by,
Clover and daisy went off together,
But the fragrant water-lilies lie
Yet moored in the golden August weather.

The swallows chatter about their flight,
The cricket chirps like a rare good fellow,
The asters twinkle in clusters bright,
While the corn grows ripe and the apples mellow.

*****

8月
セリア・サクスター

キンポウゲの花は風に揺れてサヨナラを言った
クローバーもデイジーもみんなお別れした
睡蓮はほのかに香りながら
灼熱の8月の池でじっとしている

飛び交い語り合うツバメたち
コオロギの鳴き声は心地よく響く
エゾギクは群れになって可憐な花を煌めかせる
畑ではトウモロコシが収穫を待つ 林檎はたわわに実る

****

春夏秋のキーワードがこれでもかと詰め込まれていますよね。

「8月」と言いながらも、その前後の春や秋にまで思いを馳せてしまう。これは、メインのご飯を食べながらすでにデザートが気になっているぐらいの欲張りじゃないですか!

Buttercup nodded and said good-by,
Clover and daisy went off together,
キンポウゲの花は風に揺れてサヨナラを言った
クローバーもデイジーもみんなお別れした

花に溢れた春が去ると、灼熱の夏がやって来る。しかし、そんな夏のさなかにも、秋は確実に迫っている。

そうした情緒あふれる季節の移り変わりへの思いが、短い詩の中に網羅されていて、しかもひとつひとつの描写が繊細でかわいい!

花が風に揺れる様子を表すのによく使われる表現が nod「うなずく」で、風が吹くたびに草や葉の先で花が揺れる感じが伝わりますし、said good-by「サヨナラを言った」や went off「お別れした」という言葉だけで、甘酸っぱさが感じられますよね。

But the fragrant water-lilies lie
Yet moored in the golden August weather.
睡蓮はほのかに香りながら
灼熱の8月の池でじっとしている

「灼熱の8月」を表すのに、池でじっとしている睡蓮を選ぶところが、さすが詩人ですよね!

照りつける太陽そのものでなく、その日差しと熱気の下でじりじりと灼かれるイメージは、映画のワンショットのようです。

While the corn grows ripe and the apples mellow.
畑ではトウモロコシが収穫を待つ 林檎はたわわに実る

そうやって夏の情景を描いていたかと思うと、やがて訪れる秋に思いを寄せています。

収穫を待つ畑の作物、枝にたわわに実る果物。

これだけで次の季節に心奪われてしまいますよね。

それで思うんです。欲張りって、強欲というよりも、いつも心奪われる準備ができているってことなんだなと。いろいろな物事に心が開かれていて、すぐにその魅力をキャッチしてしまうと言い換えてみようかなと。

春には春の、夏には夏の良さがあって、さらには秋の魅力にも心奪われていくという、かわいくも欲張りなこの詩を読むたびに、そんなことを考えてしまいます。

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今回の訳のポイント

かわいくも欲張りなこの詩の中で、最大の難関となるのがコオロギの一行です。

The swallows chatter about their flight,
The cricket chirps like a rare good fellow,
飛び交い語り合うツバメたち
コオロギの鳴き声は心地よく響く

まず、コオロギの鳴き声を擬音で表すのが難しいです。ツバメは chatter で「ピーピー」と鳴き、コオロギは chirps で「コロコロ」というか、「リッリッ」というか、表現できないですよね。

そして、a rare good fellow「本当にいい奴」をそのまま訳しても意味がないので、どうにかしたいです。

A good fellow だけであれば、可もなく不可もなく、今風の言い方をすれば、悪目立ちすることもなく、信頼に足る「いい奴」というトーンですが、そこに rare 「貴重な」という言葉が入ると、真の意味で「良き人」というトーンになってきます。弔辞か何かで「本当にいい奴だった」と述べるイメージです。

これをコオロギの鳴き声を形容する言葉として訳さなければいけません。「本当にいい奴」って、誰かの心に波風立てることなく、一緒にいて気分がいい人。そんな人の言葉や声は「心地よい」のではないでしょうか。

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記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

END