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第229回 実家に帰省したときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

実家から離れて暮らしていると、帰省するのは年末年始と夏休み・お盆期間くらいになる人も少なくないかもしれません。

限りある人生という時間の中で、親と過ごす時間を考えてみると、年に数日間帰省して実家で過ごすだけでは、実は、ごくわずかな時間しかお互いに残されていないという残酷な事実に気づきます。

久しぶりに会うたびに、お互いに年をとり衰えていく。

そんなことに気づき愕然としたときは、歴史上最も偉大な詩人、シェイクスピアの美しい詩を読んで、家族をぎゅーっと抱きしめることにしましょう。

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Sonnet 18
William Shakespeare

Shall I compare thee to a summer’s day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer’s lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimmed;
And every fair from fair sometime declines,
By chance, or nature’s changing course, untrimmed;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow’st,
Nor shall death brag thou wand’rest in his shade,
When in eternal lines to Time thou grow’st.
So long as men can breathe, or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.

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ソネット18
ウィリアム・シェイクスピア

夏の一日と君を比べてみよう
君のほうがもっと美しいし もっと穏やかだ
強い風は 五月の可憐なつぼみを揺らす
夏という季節は あまりにも短い
空に輝く太陽 その日差しが暑すぎるときもある
その黄金の光が陰ることもよくある
美しきものも すべていつかは衰える
偶然か自然の摂理か 美しさは保たれない
けれども 君という永遠の夏は色褪せない
君に宿る美は奪われることはない
死神だって君が暗い死の谷をさまようとは言えない
詩の一行一行に 君は時を越えて生き続けるんだ
人々が息をして目が見えるかぎりは
この詩が生き続け 君に命を吹きこむかぎりは

*****

君は美しい。しかし、美しさは、やがて色褪せるもの。だから、僕は君の美しさを詩にとどめよう。詩が残り続けるかぎり、君の美しさも永遠になる。

詩人として、これ以上にかっこいい言葉ってないんじゃないかと思う美しさ!

自分にとって大切な人の記憶を、永遠に自分の心にとどめておきたい。そう願うすべての人に響くのではないかと思うのです。

Shall I compare thee to a summer’s day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer’s lease hath all too short a date.
夏の一日と君を比べてみよう
君のほうがもっと美しいし もっと穏やかだ
強い風は 五月の可憐なつぼみを揺らす
夏という季節は あまりにも短い

詩人として、言葉で君の美しさを残そう。その企ての最初の一行目から、素敵すぎるじゃないですか!

輝くような美しさを形容するのには、まぶしい夏はぴったりですが、君の美しさはもっと穏やかで柔らかなのだと。

And every fair from fair sometime declines,
By chance, or nature’s changing course, untrimmed;
美しきものも すべていつかは衰える
偶然か自然の摂理か 美しさは保たれない

自然の営みに従えば、どんなに努力してもどんなにメンテナンスしても、美しさはやがて衰えるもの。

それが厳然たる事実です。

When in eternal lines to Time thou grow’st.
So long as men can breathe, or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
詩の一行一行に 君は時を越えて生き続けるんだ
人々が息をして目が見えるかぎりは
この詩が生き続け 君に命を吹きこむかぎりは

しかし、今この時の美しさはとどめることができる。それが詩の言葉なのだと。

君のさりげないしぐさや、ふとしたときに見せる表情。あんなときにこんなことを言ったとか、そのときにあんな顔をしていたとか。その一瞬一瞬は通り過ぎてしまうものですが、それを詩の言葉として残しておく。

人の世が移り変わり、文明の衰亡があったとしても、刻まれた言葉は生き残るということを、数々の歴史的文学作品は証明しています。1000年前の平安時代の日記であっても、その時代を生きていた人々の姿を、ありありと思い浮かべることができるものです。

大切な家族。

ひとりひとりの素晴らしさを永遠とするために、詩とは言いません、現代では、日々のメッセージにも、その人柄がにじみ出るようなやり取りがあるはずです。

その一行一行を通して、「君は時を越えて生き続けるんだ」と信じていたいです。

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今回の訳のポイント

君の美しさを、言葉にして、詩にして、永遠のものにしてあげたい。

これは、若い美しさに限らないと感じます。

大切な人の加齢や病による衰えを目の当たりにしたとき。そのときに感じる、残された時間は多くないのだという切迫感。

この人の「今」を永遠のものにしたい。そうやって、「永遠」というものを信じたい人の心に、この詩は強く響くのではないでしょうか。

中でも、次の一行には胸を締め付けられます。

But thy eternal summer shall not fade,
けれども 君という永遠の夏は色褪せない

「夏」という季節、美しさも思い出もいつかは「色褪せる」というイメージが感じさせる甘酸っぱさ。それを「永遠」のものとしてこの世に残したい。胸を熱く焦がすようなキーワードが凝縮されていますよね。

シェイクスピアのソネットと呼ばれる形式の詩を集めた詩集は1609年に刊行されたのですが、「君という永遠の夏は色褪せない」という言葉だけで、現代の私たちにも無限のイメージができると思います。

夏の日差し。日陰の青。揺れるカーテン。カランと音を立てるグラスの氷。汗でおでこに張りついた前髪。

個人的には、フォトグラファーとして、人や世界の一瞬一瞬を画像に残す仕事もしているので、この詩は一層胸に響きます。

幸い、写真はプリントからデータになったので、「色褪せる」ことはないのですが、「今」しかないこの一瞬を「永遠」にとどめたいという切迫感で、言葉を選び、シャッターを切っているなと思います。

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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