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第228回 待ちきれないときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

待ちきれないとき、ありますよね。

旅行の予定が楽しみすぎるとき。ケーキを買って家路を急ぐとき。

待ちきれないシチュエーションは、生活の中にいろいろとあるわけですが、気持ちが急いているときほど時間の進みは遅いもの。

そんなとき、夜が明ける様子を14行も使って描いた詩のことを思い出します。

夜はゆっくりじわじわと明けてゆくものなのですが、まあ焦らず読んでみてください。

*****

Summer Dawn
William Morris

Pray but one prayer for me ‘twixt thy closed lips,
Think but one thought of me up in the stars.
The summer night waneth, the morning light slips,
Faint and grey ‘twixt the leaves of the aspen, betwixt the cloud-bars
That are patiently waiting there for the dawn:
Patient and colourless, though Heaven’s gold
Waits to float through them along with the sun.
Far out in the meadows, above the young corn,
The heavy elms wait, and restless and cold
The uneasy wind rises; the roses are dun;
Through the long twilight they pray for the dawn,
Round the lone house in the midst of the corn,
Speak but one word to me over the corn,
Over the tender, bow’d locks of the corn.

*****

夏の夜明け
ウィリアム・モリス

ひとことでいい ぼくのために祈っておくれ その閉じた唇から
少しでいい ぼくのことを考えておくれ 星の瞬く空で
夏の夜はにじんでいき 朝の光が差し込んでくる
揺れるアスペンの葉陰に たなびく雲間に 淡く灰色の光
夜明けをひたすらに待ちわびている
じりじりと白々と 天空の黄金の輝きは
日の出とともに 漂うのを待ち構えている
遥か遠くの牧草地で 若麦のうえで
楡の木は 重たげに落ち着かなく 枝を垂らす
不安に怯えるかのように吹く風 薔薇の花に影
朝ぼらけのなか みなが新しい日の訪れを祈る
麦畑にぽつりと建つこの家も 暁の光が包めと
ひとことでいい きみの声を聴かせておくれ 麦畑を越え
首を傾げたやさしき麦の穂を越えて

*****

夏の夜明けの様子を美しく描いた詩ですが、実際のところは、物理的にも心理的にも、遠いところにいる恋しい人への呼びかけでもありますよね。

Pray but one prayer for me ‘twixt thy closed lips,
Think but one thought of me up in the stars.
ひとことでいい ぼくのために祈っておくれ その閉じた唇から
少しでいい ぼくのことを考えておくれ 星の瞬く空で

全体を通して、夜明けの美しい描写なのですが、冒頭に漂うこの必死感があるからなのか、切なさも感じさせます。

The summer night waneth, the morning light slips,
Faint and grey ‘twixt the leaves of the aspen, betwixt the cloud-bars
That are patiently waiting there for the dawn:
夏の夜はにじんでいき 朝の光が差し込んでくる
揺れるアスペンの葉陰に たなびく雲間に 淡く灰色の光
夜明けをひたすらに待ちわびている

時間はじりじりと進むもので、スイッチを入れたり切ったりするように、夜と朝は一瞬で切り替わるものではありません。

にじんだり、差し込んだり、揺れたり、たなびいたり、淡かったり。そうやってじわじわと時間は進みます。なにかを「待ちわびている」ときは、なぜか時間がゆっくりとしか進まないもので、じれったく感じてしまうものです。

何度もカレンダーを見たり、天気予報を何度もチェックしてみたり、無駄にメッセージしてみたり、じたばたしても、時間は決して早送りになることはなく、やきもきしてしまう。

Through the long twilight they pray for the dawn,
Round the lone house in the midst of the corn,
朝ぼらけのなか みなが新しい日の訪れを祈る
麦畑にぽつりと建つこの家も 暁の光が包めと

願い事は、誰でもできますが、それがすべて叶うことはない。そう分かっていても、願ってしまうんですよね。大草原の小さな家のように、広い世界にひとりぽつんと立つ自分も、幸運に恵まれないかと。

暗い夜のような日々を越えた先に、明るい日が待っていると信じて、生きる。

そんなロマンチックなことを考えていたのに、ふと頭に浮かんだのが、アトラクションの長い列に並んで待つ自分の姿!

誰もがはやる気持ちを抑えながら、じりじりと列が進む中、自分とは別の列がザーッと進んでいくのを見て、自分の列も早く進んでくれと願ってしまうという、己のちっぽけさ!

でもやっぱり、誰の心にもそれぞれに求める暁の光があって、そのやさしい光に包まれたいと願う。

人生の暗闇は、突然に光へと変わることはないのですが、じんわりと少しずつ、自分の周りの世界は明るくなっていくのだと分かっていれば、待つことができるのかもしれないなと思います。

*****

今回の訳のポイント

夏の夜明けを待つ。そう考えれば美しい詩ですが、詩の最初と最後に必死の呼びかけがあって、不穏な空気が漂います。

Speak but one word to me over the corn,
Over the tender, bow’d locks of the corn.
ひとことでいい きみの声を聴かせておくれ 麦畑を越え
首を傾げたやさしき麦の穂を越えて

ひたすらに待っているのは夜明けのようで、実は、恋しい人の声。

ここでの but は only の意味で、「たったひとこと」でいいという意味になります。本当にたったひとことだけでいいのかとか、麦の穂がざわざわと風に揺れる麦畑では声なんて聞こえないのではないかとか、つまらない疑問を持ってしまったりするのですが、「ひとことでいい」んだと思うときがあります。

麦畑で言うと、実は、「そこにはふたりだけの思い出が吹き抜けている」という表現がぴったりの個人的経験があります。歩いてみると広大過ぎて、前も後ろも見渡す限り、麦の穂だけが風に揺れているという、他の世界から隔絶された空間。

恋しい気持ちになると、麦の穂を越えて、風に乗って、声が聞こえる気がするんです。

歌を聴いていて、とある歌詞が自分の状況そのものを歌っているかのように思えて身震いすることがあるかもしれません。詩も同じであるとつくづく思います。

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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