第227回 肝だめしをしたときに思い出す詩
夏と言えば、肝だめし!
夜暗くなってから、怪しげなところへ出かけて行って、度胸があるか試すという、夏の風物詩。
この世のものでない何かの気配を感じながら、歩き回っていると、この詩を思い出します。
*****
On Eastnor Knoll
John Masefield
Silent are the woods, and the dim green boughs are
Hushed in the twilight: yonder, in the path through
The apple orchard, is a tired plough-boy
Calling the cows home.
A bright white star blinks, the pale moon rounds, but
Still the red, lurid wreckage of the sunset
Smoulders in smoky fire, and burns on
The misty hill-tops.
Ghostly it grows, and darker, the burning
Fades into smoke, and now the gusty oaks are
A silent army of phantoms thronging
A land of shadows.
*****
イーストナーの丘で
ジョン・メイスフィールド
森は静まりかえり 暗がりの緑の枝葉が
黄昏に息をひそめる 遠くで
林檎園の小径を抜けたその先で 疲れた羊飼いの少年が
牛たちを呼びあつめ 家へと帰ってゆく
明るく白い星が瞬き 青白い月が昇り
ぞっとするような赤い夕焼けの残滓が
煙る夕陽の中でくすぶり 燃え続ける
霧が這う丘の上で
空は暗く怪しげな空気を纏い
焼けて煙の中に消えてゆく 風に軋む樫の木は
物言わぬ ものの怪の群れとなって
影の国に集う
*****
夕暮れの牧歌的な情景を描いていたと思ったら、最後には、ものの怪が出て来るという、怪しさ全開の詩に!
Silent are the woods, and the dim green boughs are
Hushed in the twilight: yonder, in the path through
The apple orchard, is a tired plough-boy
Calling the cows home.
森は静まりかえり 暗がりの緑の枝葉が
黄昏に息をひそめる 遠くで
林檎園の小径を抜けたその先で 疲れた羊飼いの少年が
牛たちを呼びあつめ 家へと帰ってゆく
森って、怪しげな雰囲気な雰囲気がありますよね。
人里に近いので、確かに遠くに人や文明の気配はするのですが、鬱蒼とした森の中にいると、異世界に迷い込んだかのような不思議な感覚に陥ります。
森を出て丘を登ると、夕焼けの大きな空が見えます。夕焼けの空は、辺りの霧がまるで煙に思えるほどに、赤く燃えます。
そして、樫の木など大木の森に入ると、そこは影とものの怪の国。火ではなく煙が、光ではなく影が支配する国。
Ghostly it grows, and darker, the burning
Fades into smoke, and now the gusty oaks are
A silent army of phantoms thronging
A land of shadows.
空は暗く怪しげな空気を纏い
焼けて煙の中に消えてゆく 風に軋む樫の木は
物言わぬ ものの怪の群れとなって
影の国に集う
風に揺れる枝が暗闇の中でぶつかり合って軋む音。月の光に浮かび上がる触手のような枝葉の影。
子どものころ、家の近くの丘の斜面に怪しげな雑木林がありました。
昼間は虫採りをしたりする健全で爽やかな木立の森という印象なのですが、夜は、丘の先でこんもりと黒い影をつくる木々がおばけのようで、近寄りがたい雰囲気がありました。
夏になると、大人たちと一緒に肝だめしで森へ行き、葉が揺れる音や、懐中電灯を向けた先で、もさっと光る落ち葉の山に、ビクビクとしたものです。
古来より、人知の及ばぬ何かが人の住む世界の隣にあって、神聖なものとして侵さぬようにしてきたとよく言われます。肝だめしは、その境界に立ち入る気がして、一層恐ろしく感じたのかもしれません。
*****
今回の訳のポイント
今回のポイントは、「ものの怪」です。
Ghostly it grows, and darker, the burning
Fades into smoke, and now the gusty oaks are
A silent army of phantoms thronging
A land of shadows.
空は暗く怪しげな空気を纏い
焼けて煙の中に消えてゆく 風に軋む樫の木は
物言わぬ ものの怪の群れとなって
影の国に集う
日本語に「おばけ」「妖怪」「ものの怪」「幽霊」「亡霊」があるように、英語にも伝説や民話由来の様々な言葉があります。
この詩では、ghost「幽霊」と phantom「亡霊」が登場しています。Ghost「幽霊」は成仏できなかった人間の姿というのは英語でも似ていて、phantom「亡霊」はもっと儚げで、人や場所に取り憑く存在と考えられています。
しかし、これら「幽霊」や「亡霊」という言葉で訳してしまうと、「亡霊の群れ」のように、オカルトのような雰囲気になってしまい違和感があります。「おばけの群れ」というのも、何だか子ども向けのアニメのようになってしまいます。Ghostlyは、形容詞として「怪しげな」という言葉で解決しますが、phantomは「ものの怪」としたいなと思います。
「ものの怪」は、古代では災禍をもたらす死霊という強い意味がありましたが、近代になると「幽霊」や「おばけ」との境目が薄くなり怪談などで取り上げられました。
というわけで、人を怖がらせるという意味では共通の要素をもつ、怪談と肝だめしというつながりに依って、「ものの怪」を採用させてください!