第225回 朝焼けを見たときに思い出す詩
朝焼けか、夕焼け。
どちらかを選べと言われたら、けっこう悩みませんか。
一日の始まりを告げるように段々と空を明るくする朝陽もいいけれど、雲や街を染めながら沈んでいく夕陽もいい。
悩んだときは、その両方の美しさを描いた詩を読んでから、決着をつけることにしましょう。
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The Sun Went Down
Emily Dickinson
The Sun went down — no Man looked on —
The Earth and I, alone,
Were present at the Majesty —
He triumphed, and went on —
The Sun went up — no Man looked on —
The Earth and I and One
A nameless Bird — a Stranger
Were Witness for the Crown —
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陽が沈んだ
エミリー・ディキンソン
陽が沈んだ 見届けた者はいなかった
この大地とわたしだけが
この壮麗さに立ち会った
太陽の勝利 栄華は続いた
陽は昇った 見届けた者はいなかった
この大地とわたし そして神と
名もなき一羽の鳥 見知らぬ者が
戴冠を見届けたのだった
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こんなに短い詩なのに、ものすごく壮麗な空の大きさを感じさせてくれますよね。日の出と日の入りの時の、大きな空を染める色のグラデーションや、たなびく雲の様子が思い浮かびませんか。
The Sun went down — no Man looked on —
The Earth and I, alone,
Were present at the Majesty —
He triumphed, and went on —
陽が沈んだ 見届けた者はいなかった
この大地とわたしだけが
この壮麗さに立ち会った
太陽の勝利 栄華は続いた
周りに他に人はおらず、ただ足元の大地と自分だけが、日の沈む様子を見届けたのだという感慨。
夕焼けを見るのにベストのロケーションってどこだろうと時々考えてしまいます。砂浜も山の上もいいし、ベランダもいいし、駅のホームからでもいいし、何ならビルの谷間でもいい。
周りにどんなに人がいて騒がしくても、空と自分だけという感覚になれる不思議な力を持っているのが、夕焼けだなと思います。
そして、沈みゆく太陽は、一日の輝きを勝ち誇るかのように、空に残照をにじませて消えてゆく。
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前半を読んで、やっぱり夕焼けはいいなあと思っていると、後半の朝焼けはそれ以上の描写で、読む者を圧倒してきます。
The Sun went up — no Man looked on —
The Earth and I and One
A nameless Bird — a Stranger
Were Witness for the Crown —
陽は昇った 見届けた者はいなかった
この大地とわたし そして神と
名もなき一羽の鳥 見知らぬ者が
戴冠を見届けたのだった
大地とわたしと神と、という並びがすごいですよね。大いなる自然を受け止めている感覚ですね。
そして、その壮大さを強調しているのが、A nameless Bird「名もなき一羽の鳥」の存在!
小さな鳥という存在が、それが横切っている空という空間の大きさを一層強く感じさせます。こういう対比的な描写は、映画の画面のようです。例えば、大きな砂漠を映しながら、遠くに米粒のようなラクダの隊商の姿が見えれば、砂漠の大きさが一層強く感じられます。
以前、ちょっとした事情があって、砂浜で夜を明かしたことがあって、その時の感覚を思い出します。
寝っ転がると、空の星と波の轟きだけがあって、世界に自分ひとりのような、とても不思議な感覚を味わいました。夜が明けていって、東の空がワーッと光に包まれる様子は、確かに the Crown「戴冠」のような壮麗さだなと、そして、夕焼けと朝焼け、どちらかに軍配を上げるのはやっぱり難しいなと改めて思います。
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今回の訳のポイント
英語の詩を日本語に訳したり、日本語の和歌を英語に訳したりしようとすると直面するのが、掛け言葉をどう訳すかという問題です。ある単語に二重の意味が込められていて、それを短い詩や和歌のリズムの中で、どうやって別の言語に訳すのか。
The Sun went down — no Man looked on —
The Earth and I, alone,
Were present at the Majesty —
He triumphed, and went on —
陽が沈んだ 見届けた者はいなかった
この大地とわたしだけが
この壮麗さに立ち会った
太陽の勝利 栄華は続いた
前半の the Majesty は「壮麗さ」と「陛下」という二重の意味があり、後半の the Crown には「冠」とそれが象徴する「王権」という意味があります。
こうしたキーワードの助けを借りて訳せた箇所があります。それが、 went on「(栄華は)続いた」です。
この went on を「続いた」としても、太陽の何が続いたのかが分からないので、何とかしなければいけません。「壮麗さ」「陛下」「戴冠」「王権」といったこれまでのキーワードをイメージしながら、目をつむり、空の高いところへ向かって広がる夕焼けの光を思い浮かべていると、出ました!
そう!「栄華」という言葉が!