第200回 仕事で疲れたときに思い出す詩
頭と心が忙しくて疲れたとき。
そんなときは元気にしてくれる何かでなく、ゆっくり休める安らぎや落ち着きが欲しくなりますよね。
そんなときに読みたい詩は、深く強烈な詩ではなくて、水彩画のように淡く穏やかに語ってくれるような詩。はい、そんな詩があるんです!
ちょっと長い詩なんですが、まず、アメリカ開拓時代の村にタイムスリップして、それから、村の家々にぽつりぽつりと明かりが灯っていくのを眺めるイメージで、読んでみてください。
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The Day Is Done
Henry Wadsworth Longfellow
The day is done, and the darkness
Falls from the wings of night
As a feather wafted downward
From an eagle in his flight.
I see the lights of the village
Gleam through the rain and the mist,
And a feeling of sadness comes o’er me
That my soul cannot resist:
A feeling of sadness and longing,
That is not akin to pain,
And resembles sorrow only
As the mist resembles the rain.
Come, read to me some poem,
Some simple and heartfelt lay,
That shall soothe this restless feeling,
And banish the thoughts of the day.
Not from the grand old masters,
Not from the bards sublime,
Whose distant footsteps echo
Through the corridors of time.
For, like the strains of martial music,
Their mighty thoughts suggest
Life’s endless toil and endeavor;
And tonight I long for rest.
Read from the humbler poet,
Whose songs gushed from his heart,
As showers from the clouds of summer,
Or tears from the eyelids start;
Who, through long days of labor,
And nights devoid of ease,
Still heard in his soul the music
Of wonderful melodies.
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一日の終わり
ヘンリー・ワズワース・ロングフェロー
一日が終わり
夜の翼から暗闇が舞い降りる
羽根が舞い降りるように
飛び去る鷲の羽根が
村に明かりが灯り
雨と霧の向こうに光が滲む
そして僕は悲しみの感情に襲われる
魂が抗えないような悲しみの感情に
悲しみか憧れか
苦しみとも違う感情
ただ悲しみに似た感情
霧が雨に似ているかのように
ねえ 詩のひとつでも
読んで聞かせてくれないか
凝ったのでなくていいんだ
心に沁みるのをひとつ頼むよ
心がいつも落ち着かないから
一日の煩いを忘れさせてくれるような詩を
偉大な詩人の詩じゃなくていいよ
孤高の詩人の詩じゃなくていいんだよ
今も足跡を響かせ
時の回廊にこだまするような詩じゃなくていいよ
だって 軍楽隊の響きのように
壮大な思いが奏でるのは
人生の終わりなき苦しみと奮闘
でも 今夜僕が欲しいのは安らぎなんだ
聞かせてくれよ 慎ましい詩人の唄を
心の底から思いが溢れるような唄を
雲からこぼれる夕立のような唄を
頬を伝う涙のような唄を
仕事の長い一日のあいだも
安らぎのない夜のあいだも
魂に響かせているひとの唄を
その麗しき旋律を
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長かったですねえ。実は、この詩、まだ先があるんです!が、全編に漂う1日の終わりを描いた詩として、最も美しい詩なのではないかと思っています。
The day is done, and the darkness
Falls from the wings of night
一日が終わり
夜の翼から暗闇が舞い降りる
「夜の翼」ってかっこよすぎですよねえ。空を覆う夜の闇。この大きな暗闇のイメージでスタートした詩は、次に、人々の営みにも視線を向けます。
I see the lights of the village
Gleam through the rain and the mist,
And a feeling of sadness comes o’er me
That my soul cannot resist:
村に明かりが灯り
雨と霧の向こうに光が滲む
そして僕は悲しみの感情に襲われる
魂が抗えないような悲しみの感情に
空、村、と視線が下りてきて、最後は自分自身を見つめることになります。
「光が滲む」っていうのが、まるで涙のように「悲しみの感情」という言葉とリンクしていて、グッときますね。
そして、悲しみや寂しさという感情に襲われたときに聞きたいのは、詩なのだと!
Come, read to me some poem,
Some simple and heartfelt lay,
That shall soothe this restless feeling,
And banish the thoughts of the day.
ねえ 詩のひとつでも
読んで聞かせてくれないか
凝ったのでなくていいんだ
心に沁みるのをひとつ頼むよ
心がいつも落ち着かないから
一日の煩いを忘れさせてくれるような詩を
大仰な詩でなくてもいいんですよね。聞きたいのは、「凝ったのでなくていい」「心に沁みるの」で十分なのだと。
究極的には、詩でなくても良くて、疲れた1日の最後に聞きたいのは、家族やパートナーや友人の「一日の煩いを忘れさせてくれるような」言葉だったりするわけです。
Who, through long days of labor,
And nights devoid of ease,
Still heard in his soul the music
Of wonderful melodies.
仕事の長い一日のあいだも
安らぎのない夜のあいだも
魂に響かせているひとの唄を
その麗しき旋律を
詩は特別なものでない。詩は日常に寄り添うもの。わたしたちの誰もが詩人。常々そう思っています。
仕事をしていても、落ち着かない夜でも、ささやかな唄を心に響かせている人。大げさでなく、つつましくやさしい言葉を心に響かせている人。
そんな人の言葉に癒されたいんですよね。身体も心も疲れた夜は特に!
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今回の訳のポイント
この詩の最大の心に沁み沁みポイントは、まず、この2行ではないでしょうか。
Come, read to me some poem,
Some simple and heartfelt lay,
ねえ 詩のひとつでも
読んで聞かせてくれないか
凝ったのでなくていいんだ
心に沁みるのをひとつ頼むよ
人生の中で、「ねえ 詩のひとつでも 読んで聞かせてくれないか」と言うことはあるのかなと思ってしまいますが、ポイントは、飾り気はなくてもいい、誠実な言葉を聞かせてくれ、ということなんですよね。
Read from the humbler poet,
Whose songs gushed from his heart,
As showers from the clouds of summer,
Or tears from the eyelids start;
聞かせてくれよ 慎ましい詩人の唄を
心の底から思いが溢れるような唄を
雲からこぼれる夕立のような唄を
頬を伝う涙のような唄を
慎ましい詩人の唄は、心から自然に沸き上がってくる唄。それは夏の雲があれば降る夕立、瞳があればこぼれる涙のように自然に生まれるもの。
で、直面するわけです。songs をどう訳すか。そう、「唄」と「歌」問題に!
歌という漢字は漢語由来なので説明的で、唄は仏典由来で情緒的であるというのが、定番の説明になるかと思います。心に沁みて、頬を伝う涙のようなのは、もちろん「唄」ですよね!