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第190回 初恋を忘れそうなときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

初恋。

はじめて恋心を覚えたとき。

もっと一緒にいたいと思ったとき。もっと話をしていたいと思ったとき。その手のぬくもりをずっと感じていたいと思ったとき。

そんな瑞々しく温かな気持ちを忘れそうになったときに、思い出す詩があります!

*****

I wish I could remember that first day
Christina Rossetti

“Era già l’ora che volge il desio.” – DANTE.
“Ricorro al tempo ch’ io vi vidi prima.” – PETRARCA.

I wish I could remember that first day,
First hour, first moment of your meeting me,
If bright or dim the season, it might be
Summer or Winter for aught I can say;
So unrecorded did it slip away,
So blind was I to see and to foresee,
So dull to mark the budding of my tree
That would not blossom yet for many a May.
If only I could recollect it, such
A day of days! I let it come and go
As traceless as a thaw of bygone snow;
It seemed to mean so little, meant so much;
If only now I could recall that touch,
First touch of hand in hand – Did one but know!

*****

あのはじめての日を思い出せないんです
クリスティーナ・ロセッティ

想いを蘇らせるときが来たーダンテ
あなたにはじめて会ったときのことを覚えているーペトラルカ

あのはじめての日を思い出せないんです
あなたがわたしにはじめて会った 最初の時間 最初の瞬間を
まぶしい季節だったか どんよりした季節だったか
夏だったか 冬だったか もう分からないんです
記録なんてしていないから 記憶からこぼれ落ちてしまう
あまりにも夢中だったから 先のことなんて考えていなかった
ぼうっとしていたから 自分の芽吹きに気づきもしなかった
五月の花は まだ咲いてはいなかった
思い出せないんです あの日のことを!
行き過ぎる日々をただ見送ってしまったんです
あの日の雪解けのように跡形もなく
些細なようでもあり大切でもある
あの感覚を思い出せたら
手と手がはじめて触れた
ー あの感覚だけを思い出せたら

*****

こ、これは儚くも美しい初恋の思い出そのものじゃないですか!

If bright or dim the season, it might be
Summer or Winter for aught I can say;
So unrecorded did it slip away,
まぶしい季節だったか どんよりした季節だったか
夏だったか 冬だったか もう分からないんです
記録なんてしていないから 記憶からこぼれ落ちてしまう

君に出会えたという奇跡だけでもう胸が一杯で、世界は君と私だけのものになってしまうのが初恋。他のことなんて目に入らず、季節なんて覚えていないんですよね。

あの素敵な瞬間のひとつひとつを記録に残したりなんてしない。だから、記憶にとどめるしかない。その記憶というのは、とても頼りなくて、手ですくった水のように、どんどんこぼれ落ちていってしまう。

If only I could recollect it, such
A day of days! I let it come and go
As traceless as a thaw of bygone snow;
思い出せないんです あの日のことを!
行き過ぎる日々をただ見送ってしまったんです
あの日の雪解けのように跡形もなく

記憶というものが、どのくらい頼りないかと言うと、「雪解けのように跡形もなく」て、悲しすぎる!

あんなに陽の光にキラキラ輝いていた雪も、一日一日が過ぎるごとに消えていってしまう。

I let it come and go「行き過ぎる日々をただ見送ってしまったんです」の let は、相手のなすままにするということなので、訪れては去る日々を留めようとしなかった、ということ。

一緒にいるときは、ふたりの時間がいつまでも続いてほしいと願ったのに、日々を見送るうちに、気づけば時は過ぎてしまっていた。

It seemed to mean so little, meant so much;
If only now I could recall that touch,
First touch of hand in hand – Did one but know!
些細なようでもあり大切でもある
あの感覚を思い出せたら
手と手がはじめて触れた
ー あの感覚だけを思い出せたら

記憶から消えてしまうのは、取るに足らない些細なことだったからではないんですよね。

確かに、世界全体から見たら、わたしの初恋は小さな出来事かもしれない。でも自分にとっては、とっても大切なものだった。

それがいつのことだったのか思い出せなくても、せめてこの手が触れた感覚だけは思い出せたら!

この絶唱に心が痛んだら、思い出の品や古い手紙を探したり、目を閉じてあの日に心の中でタイムスリップしたりするしかないですね!

*****

今回の訳のポイント

この詩、実はMONNA INNOMINATA「名もなき乙女」という14編の詩でひとまとまりの作品で、恋心が可憐に咲くような雰囲気が詩に漂っています。これってクリスティーナ自身のことなのか?と思うような詩にもなっていて、儚き詩人の佇まいが感じられ、ちょっとドキッとします。

どの詩もイタリアの歴史に燦然と輝く大詩人、ダンテとペトラルカからの引用を含めていて、わかる人が読むと、別の感慨もある詩なのですが、この詩を何よりも一層切なく儚いものにしているのは、I wish や If only の用法です。

I wish I could remember that first day,
あのはじめての日を思い出せないんです

If only I could recollect it, such
思い出せないんです あの日のことを!

If only now I could recall that touch,
あの感覚を思い出せたら

I wish や If only は、「~できたらいいな」=「~することができない」という意味になるのですが、どちらに意味を振りきるのか悩むところです。

でも、ちょっと考えてみてください。他の誰よりも一緒にいたくて、一緒にいる時間が何よりも楽しかった。そんな素敵な瞬間の記憶がおぼろげになってきたときに、悠長にひとつひとつ「思い出せたら」なんて言っていられないですよね。

「あの日のことを思い出せない」けれど、せめてあの日に感じた手のぬくもりだけは「思い出せたら」というのが、ぴったりなのではないかと思います!

 

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Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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