第178回 自分に価値がないと思ったときに思い出す詩
自分に価値がない。
言葉にするとすごく病んだ感じがしますが、仕事で家庭で、そう感じることってありますよね。あまりに力不足で、自分にできることがないと、自分には価値がないんじゃないかって。
そんなときに思い出してしまったんです。蝿の詩を!
自分の価値と蝿に何の関係があるのか。しつこく飛ぶ蝿を手で払おうとするときのイメージで、この詩を読んでみてください。
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The Fly
William Blake
Little Fly,
Thy summer’s play
My thoughtless hand
Has brushed away.
Am not I
A fly like thee?
Or art not thou
A man like me?
For I dance
And drink, and sing,
Till some blind hand
Shall brush my wing.
If thought is life
And strength and breath
And the want
Of thought is death;
Then am I
A happy fly,
If I live,
Or if I die.
*****
蝿
ウイリアム・ブレイク
小さな蝿よ
君が夏の遊びに興じているとき
僕の心ない手が
君を払いのけてしまった
僕も
君みたいな蝿なんじゃないかって
君も
僕みたいな人間なんじゃないかって
だって僕はダンスして
酒を飲んで歌を歌う
悪気なく誰かが
僕の羽を払いのけるまで
考えることが生きることだとするなら
強くあること、息をすることだとするなら
考えないことは
死だ
で、僕は
幸福な一匹の蝿なのだろう
生きていようとも
死んでいようとも
*****
うわー、一匹の小さな蝿から壮大な人生を思うという、これこそ詩の神髄!
自分の存在価値を考えたときに、「蝿と同じで、誰かに手で振り払われるかのように、自分の人生もあっけなく終わってしまうかもしれない。そういうものだ!」と言ってくれるとは、さすが詩人ですねえ。
Little Fly,
Thy summer’s play
My thoughtless hand
Has brushed away.
小さな蝿よ
君が夏の遊びに興じているとき
僕の心ない手が
君を払いのけてしまった
ブンブン飛ぶ蝿が、「夏の遊びに興じている」と言うのが、詩人のやさしさですよね。蝿だってなにか理由があって飛んでいるわけです。
しかし、人間のスケールで見れば、それはただ羽音を立てて右へ左へ飛んでいる虫でしかありません。
For I dance
And drink, and sing,
Till some blind hand
Shall brush my wing.
だって僕はダンスして
酒を飲んで歌を歌う
悪気なく誰かが
僕の羽を払いのけるまで
蝿も人間も同じです。なぜなら、飲んだり食べたり、笑ったりケンカしたりのすべては、宇宙ぐらいの大きなスケールで見れば、蝿の羽音のブンブンと同じようなものだから。
宇宙のスケールで言えば、隕石ひとつで滅びるような「生」を生きているに過ぎないわたしたちは、なんてちっぽけな存在なんだろうかと、思えてきます。
そんなちっぽけで取るに足らない存在のわたしたち。存在価値は何にあるのだろう。
そんなことを考えていたら、はい、来ました!全力応援ワード!
If thought is life
And strength and breath
And the want
Of thought is death;
考えることが生きることだとするなら
強くあること、息をすることだとするなら
考えないことは
死だ
「考えないことは死だ」
この一言だけで、千年は生きられる気がしてきませんか。
考えることができている限りは、命があり、強さがあり、呼吸があるんだと。
「はぁー、何やってんだろう、自分」「自分、何にもできてないなあ」「自分なんて、いてもいなくても同じじゃん」そんな風に考えることができる限りは、生きているのだと!
そうしたら、いつ終わるかわからない人生だとしても、「幸福な一匹の蝿」として、生きてみようと思える。そんな風に思えませんか!
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今回の訳のポイント
「考えないことは死だ!(=考えている限りは生きている)」と、ミラクルポジティブワードで、病んだ心をひっぱたいて、目を覚まさせてくれるこの詩。
何よりも驚愕するのは、この詩は1794年の詩集に収められているということ!1794年って、200年以上も前!ウィリアム・ブレイクは、素朴で無垢な言葉運びで、ものすごく深い真実を語る天才です。
And the want
Of thought is death;
考えないことは
死だ
ここでの want は名詞で、「不足・欠乏」という意味です。「ほしい」=「ない」=「欠乏」ということなので、堅く訳せば「思考の欠如は死」ということになります。
人間の暮らしも楽じゃなくて、蝿のように価値がないように扱われもするし、いつかあっさり死ぬし、自分で自分の価値を見いだせないときもある。でも同時に、そんなことを考えることこそが、人間らしい尊さでもあるのだと言えます。
フランスの哲学者パスカルは、「人間は自然界において最も弱い、葦のような存在だが、考えることができる。死ぬということも理解できる。考えることに人間の尊厳がある。」だから、人間は「考える葦」なのだということを言っています。
葦や蝿のように、人間も自然界ではか弱き存在ですが、悩んだり考えたりしている限りは、生きていいけるんだなと。だから、今日も明日も明後日も、悩んだり考えごとをしたりしていようと思います!
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