第168回 手に触れたときに思い出す詩
手に触れたとき。
と言うと、青春ドラマのワンシーンじゃあるまいし、という声も聞こえてきそうです。
しかし、人生最後の瞬間まで青春ドラマのように生きていよう、そう固く誓う人は、この言葉だけで胸の奥まで熱くなるのではないでしょうか。
そうやって、人のぬくもりとふれあいに思いを馳せるときに思い出す詩があります。
だれかの手に触れたときに感じる、あのぬくもりを思いながら読んでみてください。
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The Human Touch
Spencer Michael Free
’Tis the human touch
in this world that counts,
The touch of your hand and mine,
Which means far more
to the fainting heart
Than shelter and bread and wine.
For shelter is gone
when the night is o’er,
And bread lasts only a day.
But the touch of the hand
And the sound of the voice
Sing on in the soul always.
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ふれあい
スペンサー・マイケル・フリー
ふれあいこそが
この世で大切なこと
君と僕の手が触れること
それが何より価値があるから
心が弱ったときは特に
雨風をしのぐことや空腹を満たすことよりも
だって 屋根なんて
朝になれば要らないし
食べ物なんて一日くらいしかもたないから
でも 手のぬくもりは
声の響きは
いつまでも心に響きつづけるから
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うおー!「ふれあい」という形なきものを、こんなにもやさしく言葉にしてくれるとは!
手が触れただけなのに、心の奥のさらにその奥が熱くなるのは何故なんでしょうか。
The touch of your hand and mine,
Which means far more
to the fainting heart
君と僕の手が触れること
それが何より価値があるから
心が弱ったときは特に
腕の先っぽについているわたしたちの手というのは、心につながっている導火線なのか。手に感じたぬくもりは、弱った心に生きる力を取り戻させてくれます。
それこそが、ひと同士の「ふれあい」なのだと。
Than shelter and bread and wine.
For shelter is gone
when the night is o’er,
And bread lasts only a day.
雨風をしのぐことや空腹を満たすことよりも
だって 屋根なんて
朝になれば要らないし
食べ物なんて一日くらいしかもたないから
衣食住が満たされないときの暮らしは、確かにつらく厳しいものがあります。日々の暮らしに汲々とし、先の見通しも立てられず、心は疲弊するばかり。
しかし、衣食住が満たされていたとしても、うまくいかないときがあります。
何よりも苦しいのは、心が満たされないとき。
But the touch of the hand
And the sound of the voice
Sing on in the soul always.
でも 手のぬくもりは
声の響きは
いつまでも心に響きつづけるから
そっと握ってくれた手に、そっとささやいてくれた言葉に、不思議な力が宿っていて、いつまでも心を温めてくれることがあります。
今目の前にはいないけれど、忘れられない大切な人が、この手をとってくれたときのぬくもり。心の奥底まで響いて、今も聞こえるあの言葉。
家や食べ物といった「モノ」ではないものこそが、ときにより大きな価値を持ち、より長く残るのだということを、また、「ふれあい」というのは、物理的に触れ合ったその瞬間だけのものではないということを、この詩は思い出させてくれますね。
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今回の訳のポイント
この詩の最大のポイントは、絶望的に埋められない、英語と日本語の溝です。
異なる文化の人間は、単語を見ただけで広がるイメージを捉えることができない。その実例となっています。この一行を見てください。
Than shelter and bread and wine.
雨風をしのぐことや空腹を満たすことよりも
英語を日本語に直訳しても意味が分からない典型となっています。英語の shelter というのは、物理的な雨風もそうですし、人生の大嵐に遭ったときに、身を寄せられる何かを指します。日本語にも「衣食住」という言葉があり、生活を支える基礎として使われますが、心の拠り所というイメージはあまり湧かないのではないでしょうか。
また、聖書においては、bread and wine「パンとワイン」に空腹を満たすもの以上の意味が含まれています。
例えば、詩篇のある節ではこう言っています。ワインは maketh glad the heart of man「人の心を喜ばせ」、パンは strengtheneth man’s heart「人の心を強くする」のだと。
聖書の中では、日常の事物が象徴的に扱われることがよくあります。知識があるとイメージがより膨らんで、一層詩を楽しむことができます。和歌の掛詞のような味わい深さに似ていて、ある単語やフレーズが目に入った瞬間に、来たなとニヤニヤしながら読んでしまうという楽しみでもあるのです。
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