第160回 さようならを言うときに思い出す詩
さようなら。
人生の中でわたしたちは何度「さようなら」と言うのでしょうか。
離別、死別。人生の途上で、さまざまな別れを経験しながら、わたしたちは歩みを続けます。
相手に「さようなら」を言われる場合もあれば、自ら「さようなら」を言わなければいけない場合もあります。
そういうふうにして、「さようなら」について考えるとき、思い出す詩があります。
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Let me go
Christina Rossetti
When I come to the end of the road
And the sun has set for me
I want no rites in a gloom filled room
Why cry for a soul set free?
Miss me a little, but not for long
And not with your head bowed low
Remember the love that once we shared
Miss me, but let me go.
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わたしは、ゆく
クリスティーナ・ロセッティ
道の果てにたどりついたら
わたしの太陽が沈んだら
沈んだ顔をして集まってほしくないな
魂が自由を得たと言うのに
寂しがるのはちょっとでいいよ
ずっとじゃなくていいよ
顔を上げていてね
わたしたちの愛を忘れずに
寂しがってね
でもわたしは、ゆく
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ここでの「さようなら」は永遠の別れ。死について、歌っていますね。
When I come to the end of the road
And the sun has set for me
道の果てにたどりついたら
わたしの太陽が沈んだら
道の果てとは、人生という道程の終わり。沈む太陽とは、人生という一日の終わり。
自分が人生を終えるとき、周囲の人はどんな風に自分を見送ってくれるのだろうか。
I want no rites in a gloom filled room
Why cry for a soul set free?
沈んだ顔をして集まってほしくないな
魂が自由を得たと言うのに
お葬式という儀式が執り行われ、集まった人たちが涙に暮れるのが、通常の旅立ちの日の光景になりますが、それは「魂が自由を得た」日でもあります。
「魂が肉体という牢獄を抜け出し自由を獲得する」という考え方は、来世の存在を考える宗教的なアプローチですが、それは、死は悲しむようなものでないという考え方に繋がります。
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Miss me a little, but not for long
And not with your head bowed low
Remember the love that once we shared
寂しがるのはちょっとでいいよ
ずっとじゃなくていいよ
顔を上げていてね
わたしたちの愛を忘れずに
死は悲しむようなものでないと信じているからこそ、Miss me a little, but not for long「寂しがるのはちょっとでいいよ/ずっとじゃなくていいよ」と言い切れるんですよね。
周りの人たちは、自分のことを恋しがってくれるだろうか、自分の存在を覚えていてくれるだろうか、そんな不安を覚えたりするわけなので、「寂しがるのはちょっとでいいよ」とまで本当に思えるのか。これは、なかなか難しい問題ですよね。
Miss me, but let me go.
寂しがってね
でもわたしは、ゆく
しかし、分かち合った愛、分かち合った時間は確かなものであると。そう思えたら、Let me go「わたしは、ゆく」と言い切れるのだと。
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今回の訳のポイント
この詩のタイトルを、雰囲気のある日本語にするのが、至難の業です。
Let me go.「私を行かせて」というのが直訳になります。
わたしがこの世を去ることになったら、みなは悲しむかもしれない。いつまでも寂しがるかもしれない。でも、人生の終わりは、魂が自由を手にすることを意味する。だから悲しまずに、どうぞわたしを旅立たせてほしい。
この決然とした死への向き合い方を言葉にするなら、そこには迷いはないはずです。そうすると、「わたしは、ゆく」と言い切ってもいいと思えるのです。
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そして、「ゆく」
「いく」ではなく「ゆく」
日本語には「逝去」「往生」など、この世を去ることを意味する言葉が、いくつかあります。
「逝く」も「往く」もどちらも「いく」とも「ゆく」とも読めるわけですが、「ゆく」はどこか古風な響きがあります。「行方」も「行く末」も「移ろいゆく季節」も「ゆく」なわけで、何とも言えない情感があります。
「いく」や「わたしはいく」と言うと、あまりにも日常的に感じられ、何だかただの報告のように聞こえてしまいます。
「別れ」というのは、わたしたちの現実ではあるけれども、わたしたちの生活に突然飛び込んできて、現実ではないような感覚を与えます。
であれば、「わたしは、ゆく」としたくなりませんか。
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