第154回 逃げ出したいときに思い出す詩
人間として社会の中で生きていると、様々な鎖につながれているような感覚に陥ることがあります。
そうしているうちに、自分がいるべき世界はここじゃない!ここを抜け出さなきゃいけない!という思いに駆られることがあります。
そんなときに思いだす詩があります。その名も「囚人」です!
暗い独房の小さな格子窓から、輝く外の世界を見つめるつもりで読んでみてください。
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The Prisoner
Elizabeth Barrett Browning
I count the dismal time by months and years
Since last I felt the green sward under foot,
And the great breath of all things summer-
Met mine upon my lips. Now earth appears
As strange to me as dreams of distant spheres
Or thoughts of Heaven we weep at. Nature’s lute
Sounds on, behind this door so closely shut,
A strange wild music to the prisoner’s ears,
Dilated by the distance, till the brain
Grows dim with fancies which it feels too
While ever, with a visionary pain,
Past the precluded senses, sweep and Rhine
Streams, forests, glades, and many a golden train
Of sunlit hills transfigured to Divine.
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囚人
エリザベス・バレット・ブラウニング
わたしは数える 幾年月か
この足で緑の草地を最後に踏みしめて
生きとし生けるもの みなの夏の吐息がかかり
口づけをかわしたのは 今 この大地は
見慣れぬものにこの目に映る はるか彼方の夢まぼろしか
涙ながらに想うおとぎの国か 大地は変わらずに
その弦を震わせる この固く閉ざされた扉の向こうで
奏でられる音色は 囚われの耳には奇妙に響く
遠くかなたにこだまする この頭は
夢想に正常な働きを忘れ
しばしの奇想の痛みに
失われた感覚がよぎる ラインの流れが
鬱蒼とした森が 林間の空き地が 陽の光を浴びて
黄金に照る山並みが変容する 崇高なるものへ
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囚人として長い間閉じ込められて、頭がおかしくなってしまったのか、夢と現実が入り乱れてますねえ。
何かに囚われて、抜け出せなくなってしまったときは、頭の中で様々なイメージが錯綜します。
I count the dismal time by months and years
Since last I felt the green sward under foot,
わたしは数える 幾年月か
この足で緑の草地を最後に踏みしめて
かつての栄光の日々、思い描く理想、羨ましく思える隣の青い芝。
今ここではないところを思う気持ちが、常に心に渦巻きます。
囚われの身になる前には、自由と幸せを味わっていたのに、今やそれは夢か幻のように思えてしまいます。
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自分と外の世界を隔てているのは、閉じられた扉。果たして、牢獄のような日々を抜け出せたとして、自分はまともに暮らせるのだろうか。
外の世界はまぶしく輝いて見え、自らが置かれた状況との落差に、戸惑ってしまったり、かつて自分にとって当たり前だったことが奇妙に思えてきたりします。
そのうちに、頭はぼうっとしてきて、奇想・夢想に歯止めがかからなくなってきます。最終的には、自然が、崇高で偉大なものへと格上げされていきます。
大きな社会や組織から家庭まで、社会通念から自分の執着まで、わたしたちを牢獄のように閉じ込めるものが存在します。ここではない世界を夢想するわけですが、思い通りにはいかないものです。
こうして読んでみると、心を壊された囚人の夢想の世界が炸裂していて、なかなか強烈な味わいですが、他人事とは思えませんね。
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今回の訳のポイント
この詩で思い出すのは、フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーの代表作『孤独な散歩者の夢想』です。その中で彼は言っています。
J’ai souvent pensé qu’à Bastille, et même dans un cachot où nul objet n’eût frappé ma vue, j’aurais encore pu rêver agréablement.
バスティーユの牢獄や、目に入るものが何一つないような地下牢にいたとしても、快い夢想にふけることができただろうとよく思った。
過去を思い返したり、未来を思い描いたりする必要がなく、ただ存在するという感情だけでいられたら幸福な人と言える、ともルソーは言っています。
確かに、そう思えたら、何もない牢獄でも幸福でいられるのかもしれません。人生の有為転変を多く味わったルソーだからこそ至った境地かもしれませんが、わたしたちはやっぱり、ここではないどこかへ逃げ出したくなるんですよね。
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