第138回 スランプに陥ったときに思い出す詩
スランプに陥って抜け出せなくなることがあります。
何をやってもうまく行かず、考えれば考えるほどに、ドツボにハマっていく感覚。
そんなときに思い出す詩があります。
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The Poet’s Delay
Henry David Thoreau
IN vain I see the morning rise,
In vain observe the western blaze,
Who idly look to other skies,
Expecting life by other ways.
Amidst such boundless wealth without,
I only still am poor within,
The birds have sung their summer out,
But still my spring does not begin.
Shall I then wait the autumn wind,
Compelled to seek a milder day,
And leave no curious nest behind,
No woods still echoing to my lay?
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手遅れ詩人
ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
朝日を眺める 無駄だ
西の空の夕焼けを見つめる それも無駄だ
誰だ?この世界でない世界に現を抜かすのは
ちがった人生があればと願うのは
外の世界は豊穣さに満ちている
己の中身はどうだ? 全く寂しいものだ
鳥たちは夏の間ずっと歌う
自分は春すら始まってもいない
どうすべきだ? 秋の風を待つのか
暖かな日をひたすら求めて
巣立つ巣もなく
森と響く歌もなく
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万策尽きた人間の嘆きが、これでもかと並べられていますね。
IN vain I see the morning rise,
In vain observe the western blaze,
Who idly look to other skies,
Expecting life by other ways.
朝日を眺める 無駄だ
西の空の夕焼けを見つめる それも無駄だ
誰だ?この世界でない世界に現を抜かすのは
ちがった人生があればと願うのは
朝日も夕焼けも、詩人にとっては格好の題材なのに、完全にあきらめモードに陥っています。そのあきらめの原因は何でしょうか。
まず、other skies「この世界でない世界」を夢見てしまっているというのを挙げています。あれこれ考えていると、抽象的な思考の世界に留まってしまって、外の現実世界との隔たりが大きくなってしまいます。
Amidst such boundless wealth without,
I only still am poor within,
The birds have sung their summer out,
But still my spring does not begin.
外の世界は豊穣さに満ちている
己の中身はどうだ? 全く寂しいものだ
鳥たちは夏の間ずっと歌う
自分は春すら始まってもいない
Amidst such boundless wealth without,「外の世界は豊穣さに満ちている」のに、自分の内にこもって考えを巡らせるばかり。外の世界は自然や生き物や人の営みがあふれています。自分だけの思考の世界を掘り下げていっても、大したものは出てきません。
鳥は、まるで何も考えていないかのように、軽やかに歌います。自分はと言うと、何かを生み出すにも頭も心も重たく、心には跳ねるような春も訪れないという有様。
Shall I then wait the autumn wind,
Compelled to seek a milder day,
And leave no curious nest behind,
No woods still echoing to my lay?
どうすべきだ? 秋の風を待つのか
暖かな日をひたすら求めて
巣立つ巣もなく
森と響く歌もなく
スランプ脱出をただひたすら願うばかりの絶望的状況ですね。目の前に豊かな森はあるのに、そこに響く歌を持ち合わせていない情けなさ。
わたしたちも、うまく行かないことに日々悩まされたりするわけですが、それは、外の世界の豊穣さに気づけていないときなんですよね。人も自然も、自分の目の前にいていつでも答えてくれるのに、なぜかそれに気づけないんですよね。
ありのままの自然や、目の前の生身の人間に向き合うことなしには、自分が作ってしまった思考の枠から抜け出せないものなんだ。そう思えてきます。
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今回の訳のポイント
この詩の最大のミステリーは、そのタイトルです。The Poet’s Delay「手遅れ詩人」とは、何が手遅れなのか。
実は、ここで、もうひとつ考えるべきことがあるんです。
それは、詩人の自問自答なのですが、「目の前のありのままの夕焼けはこんなに美しいのに、果たして、わざわざ後から言葉で表現する意味があるのだろうか」ということです。
その瞬間に味わった感動や、その瞬間に目にした光景を、言葉にして表そうとすると、その瞬間からはdelay「遅れ」が生じます。そう考えると、素敵な朝日や夕焼けを見たところで、詩人としては成すことが無くなってしまいます。
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けれども、そこであきらめないのが詩人です。
詩は、推敲を重ね何度も書き換えることが可能です。何かを見たり感じたりしてから言葉にするまでにタイムラグがあることを逆手にとって、文字通り、手間をかけて言葉を紡いでいくことで、生み出せるものがあるのです。
実は、この詩も、元はと言えば、1840年3月8日にソローが日記に書き記したものなのです。Amidst such boundless wealth without,「外の世界は豊穣さに満ちている」ということを証明するかのように、この詩の前後では、森や人の様子を日記として記しています。後に詩集となって出版されたときに、いろいろと手直しがされ、わたしたちが読んでいるのは、そのバージョンなのです。
見たり感じた瞬間からは時間が経っているかもしれない。しかし、だからこそ紡げる言葉がある。そう考えると、勇気が少し湧いてきます。
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