第129回 髪型が決まらないときに思い出す詩
朝起きて髪を整えようとして、思うように髪がまとまらないときがあります。
その日の天気なのか、髪のコンディションによるのか。そんな風にして、いつまでも髪型が決まらないときに思い出す詩があります。
月夜の晩に、風に揺れる樹々を描いた詩なのですが、髪型とどんな関係があるのか。まあ読んでみてください。
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‘Tis moonlight
Emily Brontë
‘Tis moonlight, summer moonlight,
All soft and still and fair;
The solemn hour of midnight
Breathes sweet thoughts everywhere,
But most where trees are sending
Their breezy boughs on high,
Or stooping low are lending
A shelter from the sky.
And there in those wild bowers
A lovely form is laid;
Green grass and dew-steeped flowers
Wave gently round her head.
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月光
エミリー・ブロンテ
月の光 夏の月の光
静穏 静寂 静謐
厳かな月光の夜
いたるところに 甘い愁いが息づく夜
けれども 何よりも
風に高く跳ね上がる木々の枝
重く低く枝垂れては
空からの隠れ家に屋根を貸す
木陰がつくったあずまやに
美しい人が横たわる
青い草と露に濡れる花々が
そのひとの枕辺で揺れる
*****
う〜ん、なぜこの美しい詩が、まとまらない髪を連想させるのか、納得いかないかと思います。
‘Tis moonlight, summer moonlight,
All soft and still and fair;
The solemn hour of midnight
Breathes sweet thoughts everywhere,
月の光 夏の月の光
静穏 静寂 静謐
厳かな月光の夜
いたるところに 甘い愁いが息づく夜
この箇所なんて、月夜の静けさと、とりとめのない思いを描いていて、それだけで美しい詩なのに。
自分もずっとそうやってこの詩を楽しんでいたんです。ところが、ある日、次の行を読み始めた途端に、全く関係ないことを連想するようになってしまったんです。
But most where trees are sending
Their breezy boughs on high,
けれども 何よりも
風に高く跳ね上がる木々の枝
「風に跳ね上がる枝」が、風に跳ね上がる髪に思えてきて、せっかくセットした髪が風でぐちゃぐちゃになる姿が思い浮かんでしまったんです。
風が吹くたびに木々は、身を委ねて、ただ成すがままに揺れるだけ。髪は髪で、どんなに整えた髪も強い風にはなす術がありません。
髪が風でぐちゃぐちゃになるだけなら、そういうこともあるよねという話で終わりなのですが、詩はもっと深いです。この展開で、深い詩って何だと思うかもしれませんが、次の箇所も見てみましょう。
Or stooping low are lending
A shelter from the sky.
重く低く枝垂れては
空からの隠れ家に屋根を貸す
たわんだ木々の枝葉は覆いかぶさり、天然のあずまや作り出します。屋根のように枝葉が重なり、下に空間を作ります。
人間は、設計図を作り、木材を切り、板を張り、釘を打ち、屋根を張り、ペンキを塗って、やっとあずまやを完成させます。一方で、自然は、時折、意図せずして完璧な造形を作り上げることがあります。
枝葉と風によるたわみで完璧なあずまやが出来上がっている。そんなときに、あれこれと工夫しながら、鏡に向かって、一生懸命に髪型を整えている人間の姿が、滑稽に思えてしまったんです。
自然に任せて、目覚めたときに完璧な自然の造形としての髪型が整っている、、、わけないですね。
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今回の訳のポイント
この詩の冒頭は、シンプルな単語だからこそのやわらかな言葉の並びで、夏の月夜の穏やかさに満ちています。
‘Tis moonlight, summer moonlight,
All soft and still and fair;
月の光 夏の月の光
静穏 静寂 静謐
何よりも感動的なのは、日本語の「静」の字を使った熟語に対応している点です。
・soft「静穏」は、やわらかでおだやかな静けさ
・still「静寂」は、動きのない静止状態の静けさ
・fair「静謐」は、端正で落ち着きある静けさ
こんな美しい言葉に続けて、自然が完璧な造形を見せたことへの感動が押し寄せてきます。
それが自然の営為と、人為的な努力の対比を考えさせるわけですが、まさか、まとまらない髪の毛を連想させるとは。詩の解釈は自由と言われますが、自分の自由な発想に呆れそうにもなります。
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