第120回 蒸し暑くて眠れないときに思い出す詩
蒸し暑い夜。
夜になっても気温が下がらずムワッとして寝苦しい夜。あれこれと考え事をして眠れない夜。
そんな夏の夜を乗り切るためには、冷房だけでなく、こんな詩も必要かと思います。
日が沈んで、徐々に辺りが暗くなっていく情景をイメージして読んでみてください。
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Solitaire
Amy Lowell
When night drifts along the streets of the city,
And sifts down between the uneven roofs,
My mind begins to peek and peer.
It plays at ball in old, blue Chinese gardens,
And shakes wrought dice-cups in Pagan temples,
Amid the broken flutings of white pillars.
It dances with purple and yellow crocuses in its hair,
And its feet shine as they flutter over drenched grasses.
How light and laughing my mind is,
When all the good folk have put out their bed-room candles,
And the city is still!
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ソリティア
エイミー・ロウエル
夜が 街を飲みこみ通りを流れてゆく
低い屋根や高い屋根のふるいにかけられて夜の帳は下りる
心はその目を凝らして辺りを見回し始める
心は踊る 古く青い中国風庭園で
さいころを振る 異教徒の聖堂で
崩れた白い彫柱のはざまで
紫や黄色のクロッカスを髪に挿して踊る
夜露にしっとりと濡れた草を舞う足が光る
わたしの心は軽く笑いさえこぼれる
みんながベッドルームの明かりを消して
街が眠りにつくとき!
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最初の2行は、夜の訪れを描いた詩の中でも、最高に美しい2行ではないでしょうか。
When night drifts along the streets of the city,
And sifts down between the uneven roofs,
夜が 街を飲みこみ通りを流れてゆく
低い屋根や高い屋根のふるいにかけられて夜の帳は下りる
「夜の帳が下りる」と言いますが、緞帳のドレープが揺れるように、ゆっくりと広がるドライアイスの白いモヤモヤのように、谷を埋めてゆく霧のように、大小の家々やビルの間を通って、街にひたひたと夜が満ちていきます。
そんな風にして、夜に包まれた街は、魔法がかかったように昼とは別世界になります。昼には気づかなかったような驚きを求めて、心の眼は辺りを見回します。
訪れるのは、中国風庭園や異教徒の聖堂。エキゾチックな空間は、非日常の象徴。果たして、これは夢なのか現実なのか。
And its feet shine as they flutter over drenched grasses.
夜露にしっとりと濡れた草を舞う足が光る
しかし、光やしっかりと濡れた草の感触を足が確かに感じるようにも思うのです。夢の中で、確かに何かに触れたような感覚が残ることありませんか。
How light and laughing my mind is,
わたしの心は軽く笑いさえこぼれる
現実世界の重荷から開放されたように、心は軽くなります。自分自身や自分の身の周りに心配事が多くて、なかなか眠れなくても、一度眠りに落ちてしまえば、夜の帳が下りるように夢の世界へ入っていける。
そう思えたら、眠れない夜、その束の間の夢を楽しむのも素敵なことだと思います。
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今回の訳のポイント
この詩の最大のポイントは、そのタイトルです。「ソリティア」とは、トランプゲームの名前として使われることもありますが、ひとり遊びの総称です。
夜の帳が下りて、街が眠りにつくと、夢の中で、心はひとり自由を謳歌します。人や仕組みや厄介事にがんじがらめになって息がつまりそうな現実世界を離れ、踊るように街を駆ける。誰にも邪魔されない「ひとり遊び」のようですね。
日本語の「心」には、ふたつの見方があって、英語のMind「頭脳」を指す場合と、heart「心情」を表す場合があります。この詩では、夢の世界を歩き回っていて、夢は脳の活動であるとするならば、Mind「頭脳」の眼が見ている物語となるのです。