第115回 他人に認められたいときに思い出す詩
他人に認められたいという承認欲求を、多かれ少なかれ、誰もが持っています。
他人からの反応が気になる。自分を認めてほしい。他人からの賞賛がほしい。
そんなときは沼でゲコゲコと鳴くカエルの詩を思い出します。
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I’m Nobody! Who are you?
Emily Dickinson
I’m Nobody! Who are you?
Are you – Nobody – too?
Then there’s a pair of us!
Don’t tell! they’d advertise – you know!
How dreary – to be – Somebody!
How public – like a Frog –
To tell one’s name – the livelong June –
To an admiring Bog!
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わたしは誰でもない!あなたは?
エミリー・ディキンソン
わたしは誰でもない!あなたは?
あなたも誰でもない?
それならわたしたちひとりじゃないね!
だまってて!みんなおしゃべりだから。でしょ?
ひとかどの人物なんて、考えただけでぞっとする!
カエルみたいにまったく騒がしいんだから
自分の名前をずっと唱えつづけるんだから
6月じゅうずっと
沼は羨望の眼差しでいるからね
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「誰でもない人」と「ひとかどの人物」であれば、「ひとかどの人物」の方がいいに決まっていると考えたりしてしまうものです。
しかし、そうでもないと言うのが、詩の面白いところです。
I’m Nobody!「わたしは誰でもない!」と力強く宣言して、詩は始まります。自分が「誰でもない人」であることを心底肯定していることが伝わってきて、一体どういうことなのか、ワクワクしますね。
そして、間髪入れず、質問攻め。Who are you?/Are you – Nobody – too?「あなたは?あなたも誰でもない?」
聞かれたので、勢いで思わず、コクリと頷くと、、、
Then there’s a pair of us!
それならわたしたちひとりじゃないね!
誰でもないという感覚を持つ人は、少なくないはずです。自分と同じ考え方の人と理解し合える喜びは、何にも代えがたいですよね。
そういう、やさしい感覚の持ち主は、決して自分から宣伝活動を行わないので、いつまでも「誰でもない人」のまま。
では「ひとかどの人物」にはなりたいかと言うと、それは断固拒否!
How dreary – to be – Somebody!
ひとかどの人物なんて、考えただけでぞっとする!
「ひとかどの人物」であることの何がそんなにいやなのでしょうか。
How public – like a Frog –
To tell one’s name – the livelong June –
カエルみたいにまったく騒がしいんだから
自分の名前をずっと唱えつづけるんだから
世間の耳目を集めようと、人は自分の名前を唱え続けます。自分はここに行った。自分はこれを食べた。自分はこれをした。そんな自分の声を、沼はそこにいて、聞いてくれます。沼のカエルのごとく、人は外に向かって、自分を認めてほしいとアピールを続けます。
この様子をイメージしてみると、カエルの一匹一匹は必死に名前を唱え続けているのですが、傍からは、どれも同じカエルが、同じようにゲコゲコ鳴いているだけに感じるなと。
わたしたちは究極的には、誰でもないカエルの一匹一匹で、だからこそ必死にゲコゲコと鳴いてしまうのだなと。
しかし、よく見てみれば、身体の大きさも、模様も、その声もそれぞれに違いがあり、それを自ら認めてやればいいだけのこと。そこに自信が持てず不安な私たちは、人の世という沼で、今日もまたゲコゲコ鳴いているのだなと。
さすが詩になると、皮肉が効いています。
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今回の訳のポイント
この詩のある箇所が、解釈に悩みます。
Don’t tell! they’d advertise – you know!
だまってて!みんなおしゃべりだから。でしょ?
おしゃべりとはどういうことなのか。
「ひとかどの人物」として認められると、世間は勝手にイメージを作ってしゃべりだす。であれば、黙っていた方がいい。
そう考えてみると、「ひとかどの人物」であることの苦しみも見えてきます。「自分」というものが、周囲のフィルターを通して解釈されてしまう。それは、あなたはあなたでなくなるという究極の恐怖を与えうるのではないか。
それなら、I’m Nobody!「わたしは誰でもない!」といっそ力強く宣言してしまったほうが、しなやかに生きられるのではないかと思えてきます。
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