第106回 悲しい春を迎えたときに思い出す詩
春と言えば、満開の桜とともに迎える、心躍る季節のはずなのですが、人の世は悲しみに満ちています。
そんなギャップに胸が詰まりそうになったときに、思い出す詩があります。
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Yoshiwara Lament
Amy Lowell
Golden peacocks
Under blossoming cherry-trees,
But on all the wide sea
There is no boat.
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吉原嘆息
エイミー・ロウエル
黄金の孔雀たち
満開の桜並木の下
広い海のどこにも
舟はなく
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日本の俳句にも造詣が深かった詩人、エイミー・ロウエルは、このような俳句的英語詩を多く残しています。
言葉が想起させるイメージの力によって、少ない文字数にも関わらず、大きな世界を思い浮かべることができる。それが俳句の魅力ですが、英語でも、このようなイメージの詩はひとつのジャンルになっています。
この詩は15の単語だけで成り立っていますが、前半の2行では、Golden peacocks「黄金の孔雀」、blossoming cherry-trees「満開の桜並木」で幸福が感じられる一方で、後半の2行では、the wide sea「広い海」、There is no boat.「舟はなく」に寂しさが漂います。
具体的な描写も説明もありませんが、並べられている単語の組み合わせと配置の妙によって、不思議と、幸福と寂しさのイメージが、コントラストと共に胸に迫ります。
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わたしたちは、コントラストに弱い生き物です。仲睦まじく握り合う手に自分の孤独を感じたり、生存を賭けた人々の苦闘に自分の生活の空虚さを感じたり。
それ単体では何も思わなかったのに、満開の桜の幸福感と並べられたときに感じるような落差が、悲しさと寂しさを増幅させるということを、この詩は感じさせます。
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今回の訳のポイント
この詩を特別なものにしているのは、タイトルである、Yoshiwara Lament「吉原嘆息」です。
わたしたち日本人は「吉原」という名前を聞いただけで、遊郭に生きた女性をめぐるさまざまな悲恋の物語を思い浮かべてしまうわけですが、街のにぎわいと、女性たちの人生の悲しみの深さという光と影のコントラストが、そこにあるからかもしれません。
吉原という地と、詩の中の言葉は一見脈略がないように思えるかもしれません。しかし、タイトルから得るイメージがあることで、詩の中の「黄金の孔雀」「満開の桜並木」「広い海」「舟はなく」というバラバラに思える言葉からも、幸せと悲しみのギャップを感じ取ることになるのです。
吉原近くに暮らした作家、樋口一葉の名作『たけくらべ』の中にこんな一節があります。
美登利はさらに答えもなく押ゆる袖にしのび音の涙、まだ結いこめぬ前髪の毛の濡れて見ゆる
詩の後半の「広い海のどこにも舟はなく」という言葉が伝える寂しさは、この「しのび音の涙」の世界であるなと、他人にむけてうまく説明できない、説明したくもないような、自分の中へ押し込めるような苦しみに襲われたときに「しのび音の涙」が光ってしまうなと、いつの時代も人の世のそこかしこで人は涙しているのだなと思うと、胸にこみあげてくるものがありませんか。
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