第98回 先延ばしにしてしまったときに思い出す詩
今じゃなくていい。後でもいい。
そんな風に自分に言い訳をして、わたしたちは物事を先延ばしにします。
大切に思っていることなのに、行動が伴わない。そんなときに思い出す詩があります。
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A Lover
Amy Lowell
If I could catch the green lantern of the firefly
I could see to write you a letter.
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恋人
エイミー・ロウエル
蛍 その緑の灯火
つかむことが出来たなら
手元を照らせる
君に手紙を書ける
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たった2行だけの詩なのですが、いろいろと勝手な妄想を膨らませることができます。わずか2行の詩をもとに、これだけのことを思い浮かべてしまうのだというのを、書けるだけ書いてみたいと思います。
まず、タイトルに Lover「恋人」とあって、さらに、firefly「蛍」、lantern「灯火(ともしび)」、write you a letter「君に手紙を書く」というロマンチックなキーワードが並んでいて、甘い雰囲気が漂っています。
ちらちらと儚く灯る「蛍」の光。これだけで淡く甘い恋心を感じさせます。しかし、もう少し良く見てみると、雰囲気だけでないことに気がつきます。
If I could~, I could…「~できたなら、…するのに」というかたちは、言い換えてみれば、「~できないから…できない」となります。
それを踏まえると、「蛍の光をつかむことができたなら、明るく照らして良く見えるから君に手紙が書けかけるのに」というのは、ものすごく単純に言えば、「蛍の光はつかめないから、君に手紙が書けない」ということになります。
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えー、全然ロマンチックじゃない!という声が聞こえてきそうですが、ここは、妄想することができる唯一の動物、人間の本領を発揮して、甘~くやさし~い解釈をしてみたいと思います。
「蛍の光はつかめないから、君に手紙が書けない」のは、物理的な明るさだけの問題ではないと、まず考えてみたいです。
恋人と言っても、まだ知り得ないことがたくさんあって、光り輝いて見える部分もあれば、真っ暗でその人がどういう人間なのか分からなくなることもある。自分の気持ちも、蛍のように明かりが灯るような瞬間もあれば、すぐ消えてしまうこともある。
そんなときに思うのは「書けないよ。この気持ち」なのではないかと。
または、もっとアグレッシブに考えると、「蛍の光をつかむことなんてできない。手紙を書くために、光が手に入るのを待っていても仕方ない」とも思えます。
そんなときには、「手紙が書けない」というよりも「手紙なんて書かないよ。今すぐ会おう」という気持ちなのではないかと。
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そして、一番ドキッとするのは、「先延ばしにしてしまう」ということを、この詩から連想してしまうときです。
「蛍の光がつかめたら、君に手紙が書けるのに」とは、「蛍の光はつかめないから、君に手紙を書けない」という意味になりますが、この「〜したら…する」という考え方は、なんてあてにならないのだろうと思えてくるのです。
「この仕事が落ち着いたら、自分の時間を持とう」とか、「もっと良いタイミングが訪れたら、その時に言おう」とか「もっと力をつけてから、挑戦しよう」とか、蛍の光を待っていては、いつまで経っても、手紙を書くことはできません。
何かを実行するための条件を設定してしまうと、「今はそのタイミングじゃない」という風に、その条件が整うまでずっと先延ばしにしてしまうことになってしまいます。
心の中には、大切な人に伝えたいことが満ち満ちているのに、情熱を注いで取り組もうという思いがふつふつと沸いているのに、先延ばしにしている限りは、休火山と同じで、何もしていないようにしか見えません。
手紙を書くための灯りを探している暇があったら、会いに行こう。そんな気持ちになるのです。
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今回の訳のポイント
この詩のタイトルは、A Lover「恋人」です。A が無くて、Loverとだけ書いてあっても、おそらく「恋人」と訳すはずです。
果たして違いはそこにあるのでしょうか。確かにある、と言えます。
ただLoverという単語だけでは、「恋人というもの」というような雰囲気で、抽象度が高く感じます。
一方、このタイトルのように、A という冠詞があるということは、大勢の中の不特定のひとりだとしても、誰かしら姿かたちのある人物をイメージすることができます。
手紙を書こうとペンを握るとき、メッセージを送ろうとキーボードをタップするとき、わたしたちはその宛先である、具体的な人物を心に思い浮かべます。まだ文字として書き出してもいないし、相手のもとにメッセージは届いていないわけですが、そうやって大切な人のために使う時間は尊いなと思います。
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