第92回 素晴らしい人に出会ったときに思い出す詩
素晴らしい人が世の中にはいます。
才能に恵まれ、意欲に溢れ、周りの人に気を配り、自分のことをひけらかすことは決してない。そんな人がいます。
だからこそ、内に抱えこんだ苦しみに苛まれていることがあります。しかし、周りの人間は、表面的な華やかさだけしか見ようとしないので、その苦しみに気づかないことがあります。
そんなときに思い出す詩があります。
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Richard Cory
Edwin Arlington Robinson
Whenever Richard Cory went down town,
We people on the pavement looked at him:
He was a gentleman from sole to crown,
Clean favored, and imperially slim.
And he was always quietly arrayed,
And he was always human when he talked;
But still he fluttered pulses when he said,
“Good-morning,” and he glittered when he walked.
And he was rich—yes, richer than a king—
And admirably schooled in every grace:
In fine, we thought that he was everything
To make us wish that we were in his place.
So on we worked, and waited for the light,
And went without the meat, and cursed the bread;
And Richard Cory, one calm summer night,
Went home and put a bullet through his head.
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リチャード・コーリー
エドワード・アーリントン・ロビンソン
リチャード・コーリーが街へとやって来るたび
ぼくら地べたを這って生きる者たちは、彼をじっと見たものだ
足元から頭のてっぺんまで、紳士そのもので
整った面立ちに細身で 優雅で威厳ある皇帝のようだった
身なりは、いつだって控えめで
話しぶりも、いつも人間味があった
それでも彼が言葉を発するだけで こちらは舞い上がってしまう
「お早う」のひと言でも 歩けば後光が差していた
それに彼は金持ちだったーそう、王様なんか目じゃない―
それに物腰から何から磨き上げられていた
そしてぼくらは思った あらゆる面で
彼みたいになれたらどんなにいいだろうと
だからぼくたちは来る日も来る日も働いた
肉無しの食事だ パンには悪態をついたものだ
そしてリチャード・コーリーは とある穏やかな夏の夜
うちへ帰ると その頭を弾丸でぶち抜いたのだった
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詩のほとんどは、リチャード・コーリーがいかに素晴らしい人物かという称賛のように見えて、最後に悲劇が訪れます。しかし、実は、最初から詩は緊張感に満ちています。
Whenever Richard Cory went down town,
We people on the pavement looked at him:
リチャード・コーリーが街へとやって来るたび
ぼくら地べたを這って生きる者たちは、彼をじっと見たものだ
ひとの絶望の理由の一つが、「他者との断絶」だとするなら、最初の1行がすでに、リチャード・コーリーの孤独を感じさせます。
自分は、down town「街にやって来る」と言われてしまう一方で、人々は、We people on the pavement「自分たちは地べたを這って生きている」と言い、お互い別の世界の人間だと決めつけられてしまっています。
And he was always quietly arrayed,
And he was always human when he talked;
身なりは、いつだって控えめで
話しぶりも、いつも人間味があった
素晴らしい人のことを、素晴らしいと思える最大の理由は、自分自身の恵まれた境遇や環境を決してひけらかすことなく、quietly arrayed「控えめ」で、綺麗事だけでなく、 human 「人間味」を持っているという点です。
こうして、人間らしさを大いに持ち合わせて、人とつながろうとするのですが、結果的に世間はそれを阻んでしまいます。
But still he fluttered pulses when he said,
“Good-morning,” and he glittered when he walked.
それでも彼が言葉を発するだけで こちらは舞い上がってしまう
「お早う」のひと言でも 歩けば後光が差していた
少し言葉を発しただけでキャーキャー騒がれます。glittered「後光が差している」と称賛しているようで、つまり、表面的な理解にとどまってしまっていて、世間はその人のもつ人間的な中身を真に理解しようとはしていないのです。
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表面的な称賛だけならまだしも、嫉妬の感情も渦巻きます。どのくらいお金持ちかは分かりませんが、richer than a king「王様なんか目じゃない」と言うように、もはや妄想とも言える、勝手なイメージだけが作り上げられて行きます。
すべてを手にしているとされ、羨望の眼差しで見られ、世間は素晴らしい人を「手の届かない存在」として、理解することを諦めてしまいます。
素晴らしい人は苦労なく今の幸せを享受しているのだ、自分たちは、went without the meat「肉にもありつけない」つまらない生活を送っているのだ、という誤解だけを深めていきます。
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人間味を持って、人とつながろうとしたリチャード・コーリーは、こうして何の前触れもなく、自ら命を絶ちます。
And Richard Cory, one calm summer night,
Went home and put a bullet through his head.
そしてリチャード・コーリーは とある穏やかな夏の夜
うちへ帰ると その頭を弾丸でぶち抜いたのだった
何の前触れもなく、というのはあくまでも理解しようとはしなかった世間がそう思うだけで、その人の内面には絶望が積もっていたはずなのです。
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今回の訳のポイント
最後の一行があまりにも衝撃的なのですが、その結末へと向かう詩の流れは、恐ろしいほどに人の世をよく観察した言葉が並びます。
外見的な華やかさに人々が囚われている間に、理解者もおらず、苦悩を溜め込んでいく。そんな悲劇が、そうとは見えないような描写の間に、進行していて、胸を苦しませます。
素晴らしい人の人間性や醸し出す雰囲気は、決して生まれつきのものだけではありません。
And admirably schooled in every grace:
それに物腰から何から磨き上げられていた
“schooled”というのは教育などによって、鍛え上げられているということを意味します。in every grace「物腰から何から」すべてに漂う上品さや心の余裕は、決して天性のものでなく、置かれた環境の中で、ある時は試練にさらされ、ある時は愛に守られて育まれてきたものなのです。
川底を転がる石や砂浜に光るガラスのように、流れに揉まれて洗われて、角がとれて丸くまろやかになった本人の内面は、表面だけを見て浴びせられる称賛や、勝手に作り上げられたイメージと、真に内面を理解しようとしない周りの人たちとの見えない軋轢の中で、いつか脆く崩れてしまうのだ。そう思えてなりません。
リチャード・コーリーという、この詩の登場人物の名を、身近な素晴らしい人に置き換えて考えた時、その人の輝きの裏にある人間味と孤独を理解したい。そう強く思います。
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