第82回 思い通りにいかないときに思い出す詩
人生は思い通りにいかないことだらけです。
わかってほしい人にわかってもらえなかったり、頭ではイメージできていることがカタチにできなかったり、自分がコントロールできないことに振り回されたり。
そんな風にして、自分の思い通りにいかないときに思い出す詩があります。
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Moonlight
Sara Teasdale
It will not hurt me when I am old,
A running tide where moonlight burned
Will not sting me like silver snakes;
The years will make me sad and cold,
It is the happy heart that breaks.
The heart asks more than life can give,
When that is learned, then all is learned;
The waves break fold on jewelled fold,
But beauty itself is fugitive,
It will not hurt me when I am old.
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月光
サラ・ティーズデイル
年老いる それは問題じゃない
波は 押し寄せるけど 月光が灼けつくように
銀の蛇のように 噛みつきはしない
歳月は流れる 心は塞ぐ 気は滅入る
こころは弾む だから傷つく
こころは 人生のキャパ以上を求める
それがわかれば すべてわかったも同然
波は 宝石のように重なり合って 砕けてゆく
うつくしいものは つかめない
年老いる それは問題じゃない
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月光が波に煌めく浜辺を歩いていると、砕ける波の隙間から、この詩が聴こえてくる気がします。
年老いることそのものはダメージではないというひと言で、詩は始まります。
寄る年波には勝てないとよく言われますが、押し寄せる波も、will not sting me「自分に噛みつきはしない」と決然とした雰囲気が漂います。
しかし、年老いることそのものは苦痛でなくても、長く生きるほどに経験する悲しみは増えます。
何かを期待するような、happy heart「弾むこころ」だからこそ、傷つくのだと言います。
このひと言が、痛いくらいに刺さりますね。
傷つくのは、決して心が弱いからではなく、幸福を感じられる心を持っているからこそ、悲しみの深さも大きく感じられるのだなと。
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そして、思い通りにいかない苦しさを、的確に表した一行が現れます。
The heart asks more than life can give
こころは 人生のキャパ以上を求める
「思い描くこと」は人間の特権ですが、大きく言えば人生の、小さく言えば日々の暮らしの限界のなかで、一体どれほどのことを実現できるのだろうかと思ってしまうわけです。
思い通りにいかないとき、ふと思うのは、自分はできそうにもないことに手を出しているのではないかと。
人は言います。あの人なんて放っておけばいいとか、そこまでは求めていないからあきらめていいとか。
しかし、読んだ本から得たのか、出会った人たちから学んだのか、こうしてみたいとか、こうできるのではないかとか、イメージはできてしまうので、そこに辿り着くまでの時間と労力、紆余曲折と艱難辛苦が大きな壁となります。
しかし、一見答えが出そうにない、その試行錯誤のプロセスにこそ、多くの学びがあり、次々打ち寄せる波が月光に煌めくように、一定の形はなくとも、そこに美しさが宿るのだと思えてきます。
それがたとえ、fugitive「とらえどころがなく、はかない」ものだとしても。
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今回の訳のポイント
同じ形の波はひとつとしてなく、そこに光る月明かりの煌めきも形を変え、浜に打ちつける。
そんな月光の美しさを歌った詩ですが、何よりもこの一行が、鋭い月光のように心に突き刺さってきます。
The heart asks more than life can give
こころは 人生のキャパ以上を求める
直訳すれば、「人生が与えうる以上を心というものは求める」となります。
ここで、ふと思ったのは英語は動的で、人生が何かを私たちにもたらすというイメージで捉えますが、日本語はもっと静的で、人生というある一定量の器がそこにあるというイメージだなと。
そうしていくと、収容量を指すカタカナ英語の「キャパ(キャパシティ)」に行きつき、詩全体に流れる波の音と月の光という流麗な雰囲気に、異質な音を持ち込んでくれるように思えました。
まさに、思い通りに行かないというのは、どこか自分の予想を越えた異質な事態に向き合っているときであり、その都度、人は成長できるのはないかと思います。その意味では、心の痛みも、心の成長痛なのかなと。
人生は思い通りに行かないことが多いですが、人生が何を与えてくれるかを考えるより、人生に何を与えることができるか、そんな気持ちで、月明かりの浜辺を歩きたいと思います。
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