第79回 空に月を見つけたときに思い出す詩
UFOだ!と言われるものが、実は金星だったということがあります。
雪男だ!と言われるものが、雪面に露出した遠くの岩だったということもあります。
では、空に浮かぶ月はどうでしょうか。
何かと見間違えることはないと思うのですが、そんな時に思い出す詩があります。
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Above the Dock
Thomas Ernest Hulme
Above the quiet dock in mid night,
Tangled in the tall mast’s corded height,
Hangs the moon. What seemed so far away
Is but a child’s balloon, forgotten after play.
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波止場の上に
トーマス・アーネスト・ヒューム
寝静まった真夜中の波止場の上に
せりあがるマストをつなぐロープに絡まって
月はぶらさがる 遥か彼方にあると思えた
それはただの子どもの風船 遊んだ人はいない
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月かと思ったら風船って、そんなことあるかーい!と思ってしまいそうですが、詩としては素晴らしいです。とても短い詩ですが、ひとつひとつの単語ごとに、順番に場面がはっきりと見えてきて、興奮しませんか。
Above「上に」で、まず視線は空中に向けられます。そして、the quiet dock「静かな波止場」という言葉だけで、係留された船や、埠頭に寄せる波のおだやかさがイメージできます。
これが、in mid night「真夜中」であるというので、あたりは暗く、一層の没入感で、詩の舞台は用意が整います。
次に目に入るのが、Tangled「絡まって」であり、波止場で絡まると言えば、in the tall mast’s corded height「せりあがるマストをつなぐロープの隙間に」ということが、イメージできます。
それから、船のマストを中心にして、四方八方に張られたロープの隙間に、Hangs「ぶらさがる」のがthe moon「月」だと、ここで気づきます。
と、遥か彼方にあると思われた、その物体は、実はa child’s balloon「子どもの風船」だと。月じゃないんかーい!
そして、この風船も、ただの球体という意味に留まりません。それはforgotten「忘れられてしまった」ものであり、 after play「遊び終わった後」の風船。
日中に子どもが遊んでいた風船だということによって、いろいろなことをイメージできますよね。今は暗く静かな夜となっていて、遊んだ昼間は遠くへ去って行ったという儚さとも、はたまた、遠く過ぎ去った幼年時代の追憶だという風にも、受け止められます。
と、ここまで考えてみて、果たしてだれもが同じようにすぐにイメージできるのだろうか、それとも自分は、空想のしすぎという病に冒されているのではないかと思えてきました。
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今回の訳のポイント
作者である、トーマス・アーネスト・ヒュームは、この素晴らしい詩を世に残しながらも、第一次世界大戦に従軍し命を落としてしまいました。
彼のこの作品が傑作たる所以は、目や耳に飛び込んでくる言葉によって連想していくイメージ、その力を最大限に利用して作られているということです。
もちろん、英語の語順であることが大前提になっているので、日本語の訳で同じ感覚を味わえるか、非常に難しいです。
また、この詩を面白いと思うか、難しいと思うかは、波止場や帆船、風船という言葉から、イメージを想起する力があるかに左右される面もあります。
例えば、しゃべくり漫才を楽しめるかというのは、言葉のイメージや連想するものが前提としてあって、それが裏切られたときに、面白さを感じるということで、それと似ていると感じるときがあります。
空に浮かぶ月というテーマの詩の話であるのに、UFOに始まりしゃべくり漫才に終わる。全く関連性のない言葉に思えるかもしれませんが、これもイメージの力ということにしておきましょう!
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