第76回 己の道を進もうと思うときに思い出す詩
夜が好きです。
暗くて静かだからこそ、昼間には見えなかったものが見えて、聴こえなかったものが聴こえる。
暗闇と静けさの中で思いを巡らせていると、自分の信じる道を進もうという確かな思いが湧き上がってきます。
そんな時に思い出す詩があります。
*****
Acquainted with the Night
Robert Frost
I have been one acquainted with the night.
I have walked out in rain—and back in rain.
I have outwalked the furthest city light.
I have looked down the saddest city lane.
I have passed by the watchman on his beat
And dropped my eyes, unwilling to explain.
I have stood still and stopped the sound of feet
When far away an interrupted cry
Came over houses from another street,
But not to call me back or say good-bye;
And further still at an unearthly height,
One luminary clock against the sky
Proclaimed the time was neither wrong nor right.
I have been one acquainted with the night.
*****
夜に馴染んで
ロバート・フロスト
ぼくは夜に馴染んだ人間だ
雨の中を出かけ 雨の中を戻ってくる
街の灯を越え どこまでも歩いてゆく
見るからに哀れな通りをのぞきこみ
巡回中の夜警とすれ違う
言い訳もしたくない ぼくは視線を逸らす
じっと立ち止まって足音を消すと
遠くから聴こえた叫び声は ふっととぎれた
向こうの通りから 家々を越えて響いたのだったけど
ぼくを呼んだわけでも 別れを告げたわけでもなかった
そのさらに向こうに さらに信じられない高みに
空を背景に 光を放つ時計があった
その時分が良いものでも悪いものでもないと告げていた
ぼくは夜に馴染んだ人間だ
*****
この詩は、夜という主題のイメージから、孤独や悲しみ、絶望を歌っていると分析されることが多いです。しかし、自分にとっては、ままならない人生を懸命に生きる、やさしい人の応援歌に思えて、いつも心が震えます。
I have walked out in rain—and back in rain.
雨の中を出かけ 雨の中を戻ってくる
決して晴ればかりではない人生。「雨のち晴れ」を信じたいのが人の性ですが、雨につぐ雨。
雨だからと言って、家に閉じこもっているわけでは決してなく、苦しいと分かっていて出かけていく。そこに決然とした生き方を感じます。
I have outwalked the furthest city light.
街の灯を越えどこまでも歩いてゆく
outwalkとあるように、本来そこまで歩けば十分という域を越えて歩み続ける。
街の灯に照らされ、必要なものが用意され、物事が明白に示された世界を越えて、光が届かない世界へどんどん分け入っていく。
I have looked down the saddest city lane.
見るからに哀れな通りをのぞきこみ
人生や世の中の暗がりには、目を背けたくなるような現実があります。そういった現実にしっかりと眼差しを向けること。それが自分の生き方になっているのです。
I have passed by the watchman on his beat
And dropped my eyes, unwilling to explain.
巡回中の夜警とすれ違う
言い訳もしたくない ぼくは視線を逸らす
しかし、そうした生き方や行動に、とやかく口を出されることがあります。
振りかざされる正義に、複雑な生の現実を語る言葉はかき消されると分かっているので、黙り込むしかなくなります。
I have stood still and stopped the sound of feet
When far away an interrupted cry
Came over houses from another street,
じっと立ち止まって足音を消すと
遠くから聴こえた叫び声は ふっととぎれた
向こうの通りから 家々を越えて響いたのだったけど
耳をすましていると、喧騒の社会でかき消されそうになりながらも、苦しむ人の声が聞こえてくる。
そのためには、まず自分の足音を止めなければならない。それができる謙虚な人の姿勢が、じわっと胸に迫ります。
But not to call me back or say good-bye;
ぼくを呼んだわけでも 別れを告げたわけでもなかった
社会の暗がりから漏れる叫びに、あてどのない声に、耳を傾けてすくい上げていく。
何らかの取り組みに身を投じていると、この感覚は理解できるのではないでしょうか。
And further still at an unearthly height,
One luminary clock against the sky
そのさらに向こうに さらに信じられない高みに
空を背景に 光を放つ時計があった
何か自分の進むべき道を照らしてくれるものはないかと見渡すと、皓々と照らす光が目に入ります。
古典ではよく言われることですが、真実というものは光として形容され、ここでは夜の空に丸く光る月と言えるかもしれません。
Proclaimed the time was neither wrong nor right.
I have been one acquainted with the night.
その時分が良いものでも悪いものでもないと告げていた
ぼくは夜に馴染んだ人間だ
この詩がいっそう胸にグッとくるのは、月という真実の光は、人生の暗がりを肯定も否定もしないということです。
ただ一つ言えるのは、自分は「夜に馴染んだ」人間であるということなのです。
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今回の訳のポイント
詩は、声に出した時の音によって、いっそうイメージを想起することができます。
I have stood still and stopped the sound of feet
じっと立ち止まって足音を消すと
ここではsの音が、シーッと息を押し殺すような感覚を表現しています。
When far away an interrupted cry
遠くから聴こえた叫び声は ふっととぎれた
一方、その静寂にキーンと響くような叫びを、パリッとしたcの音がよく伝えています。
こうして夜の街をさまよう詩なのですが、形式としてはソネットという形式ですので、最後の2行に結論や解決策が示されるはずと期待しながら読み進めるものでもあります。
しかし、最後に解決策が示されたとは言えません。
Proclaimed the time was neither wrong nor right.
I have been one acquainted with the night.
その時分が良いものでも悪いものでもないと告げていた
ぼくは夜に馴染んだ人間だ
良いものでも悪いものでもない、とどっちつかずのようにも思えますが、この言葉が、白黒つけられないのが人生であるということを納得させてくれます。
ロバート・フロストという詩人には「選ばなかった道」という名作もありますが、この詩も同じように、生き方について考えさせてくれ、そして何よりも、「夜に馴染んだ人間」のひとりとして、詩の一行一行が胸に沁みます。
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