第72回 単調な生活に危機感を覚えたときに思い出す詩
朝起きて夜寝るまで、同じような生活をしていると、その単調さに、いきものとしての感覚が鈍るときがあります。
例えば、海外旅行などに行って、真新しいものを一瞬一瞬目にする時は、感覚も鋭敏になりますが、その逆の状態です。
そんな時には、細部に目をこらすことで、世界をちがったものとして見ることができるかもしれません。
その感覚を、この詩を通じて感じてみましょう。
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A sepal, petal, and a thorn
Emily Dickinson
A sepal, petal, and a thorn
Upon a common summer’s morn—
A flask of Dew—A Bee or two—
A Breeze—a caper in the trees—
And I’m a Rose!
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がく一枚、花びら一枚、とげ一本
エミリー・ディキンソン
がく一枚、花びら一枚、とげ一本
とあるありふれた夏の朝
真ん丸としたフラスコの雫 ― 蜂が一匹、二匹 ―
一陣の風 ― 木々の間に揺れるケッパー ―
そう わたしはバラの花
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詩の最初は、花弁や蕾を支える、萼(がく)という花の細部から始まります。
ロマンチックな詩では、花がよく登場します。しかし、それは花がどう美しいかという細かな話ではなく、美しい全体的な雰囲気として歌われることに留まります。
しかし、この詩では萼(がく)の一枚から始まって、花びらの一枚、と細かいです。
何と言うか、花の名所に行って、お花畑を遠景でパシャパシャ撮影するのか、それともグッと近くによって一輪の花を画面いっぱいに収めるのかの違いに近いですね。
そして、花びらの次には、とげ。
とげがあるということは、ひょっとしてあの花のことかと何となく予想はしてしまうのですが。
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次に、夏であったり、朝であったり、季節や時間帯が特定されていきます。
夏の朝、朝露は玉となって朝日に光り、同じように真ん丸としたお腹の蜂がブンブンと飛び交い、風が吹くと、丸みを帯びたケッパーの葉が揺れます。
光や音といった言葉はなくても、これらの具体的な事物のイメージだけで、光が見えて、音が聞えます。少ない言葉で伝えきる詩の力ですね。
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そして、最後は種明かしで、「わたしはバラの花」!
バラの話をするために、雫や蜂や風やケッパーなど遠回りをして帰ってくる。
何だか、友だちの話に耳を傾けながら、この話はどこに向かうのだろうかと思ったら、そういうことだったのか!と、話の辻褄があったような感覚ですね。
夏の朝の全体的な雰囲気でなく、そのパーツのひとつひとつを描くことで、結果的に夏の朝、そしてバラの話をしている。
単調で同じように見える日々でも、細部や一瞬一瞬に目をこらしてみると、一日一日が全く違うものに見えてくる。その意味が分かるような気がします。
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今回の訳のポイント
詩を翻訳してしまうと失われる味わいのひとつに、音があります。
この詩でも印象的な韻があります。
A flask of Dew—A Bee or two—
A Breeze—a caper in the trees—
Dew/twoと、Breeze/treesが、それぞれ韻を踏んでいます。とってもシンプルな韻とリズムだからこそ、イメージがスッと思い浮かぶ。そんな効果があります。
「とげ」という分かりやすいヒントがあるので、バラのことを言っていると分かる詩なのですが、余計な話は、分かりやすい韻でサクッと終わらせて、答え合わせがすぐできる。
こんな構成のなぞなぞのような詩、書いてみたくなりませんか。そう思えたら、もう明日の夏の朝は、今日とは違う朝になるはずです!
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