第71回 夏の海に行ったときに思い出す詩
夏の海。
とは言っても、ビーチパラソルが並ぶ砂浜ではなく、岩礁の並ぶ磯だとすると、どうでしょうか。
夏の陽に灼かれて熱くなった岩。足の裏がヒリヒリするようなゴツゴツした岩場を歩いていると、潮だまりが目に入ります。
そんな時に、喪失を経験したこころと潮だまりを結びつけた、ある詩を思い出します。
陽に照らされた水のゆらめきを、しゃがみこんで見つめている。そんなイメージで読んでみてください。
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Ebb
Edna St. Vincent Millay
I know what my heart is like
Since your love died:
It is like a hollow ledge
Holding a little pool
Left there by the tide,
A little tepid pool,
Drying inward from the edge.
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引き潮
エドナ・セント・ヴィンセント・ミレイ
わたしのこころがどんなものかって?
あなたの愛が消えた今
それは磯辺のくぼんだ岩棚
そこには潮だまりがあって
引き潮に取り残された
生ぬるい水たまり
縁から干上がってゆく
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Ebb「引き潮」というタイトルの時点で、何か大切なものが遠ざかっていくことをイメージさせます。
そして、予想通り、大切な愛を失ってしまった心の姿が描かれていきます。
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バシャーン、バシャーンと波が砕ける磯辺。でこぼことした岩が波に濡れています。
引いていった潮に取り残された潮だまりは、太陽に暖められて生ぬるくなっています。上から照りつける太陽に、縁からじりじりと干上がっていく。
心も同じように、大切なものが去って行った今、ひとり取り残されて、思い焦がれています。しかし、時とともに、大切と思っていた名残りも思い出も、干上がっていってしまう。
Drying inward「干上がっていく」というイメージが、inward「中へ」との言葉通り、縁から乾いていって徐々に小さくなっていく、心に占めていたその人の面積が小さくなっていくというイメージに重なります。
もし、人の経験というものが、磯だとするならば、自分も多くの干上がった窪みがあるなと、感傷的になります。
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今回の訳のポイント
「磯」を描いた詩や、「 忘れたくない人」を歌った詩などもありますが、この詩が味わい深いのは、少ない言葉数の中に、心と磯とを結びつけるキーワードが散りばめられているのが、大きな理由です。
hollow「くぼんだ」というのは、落ち込んだ心を表現する言葉としてよく使われます。
Holdingは「ぎゅっとつかむ」イメージで、Left thereは、「取り残された」イメージ。近づく親密さと、遠ざかる距離感という相反するキーワードが、打ち寄せては返す波のようです。
そして、この詩の中で最も情感を感じるのが、tepid「生ぬるい」です。
熱が冷めてしまった微温の関係、あるいは、去って行った人が残したかすかな体温。
磯の潮だまりを描いた詩なのに、こうした言葉によって、握った手や、去ってゆく後ろ姿が、陽炎のように目に浮かんでしまいます。
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