第70回 泥だらけになったときに思い出す詩
子どもと遊んでいると、泥だらけになったり、びしょ濡れになったりします。
水や泥といった、普段とは違った感覚を身体が覚えて楽しいからなのか、子どもは泥だらけになるともっと泥だらけに、びしょ濡れになるともっとびしょ濡れになろうとします。
そのシャツは、びしょ濡れになったからさっき着替えたばかりなのに、という大人の事情はお構いなしです。
そんな風に、子どもと一緒になって泥の中を転げまわっていると思い出す詩があります。
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Mud!
Polly Chase Boyden
Mud is very nice to feel
All squishy-squash between the toes!
I’d rather wade in wiggly mud
Than smell a yellow rose.
No one else but the rose bush knows
How nice mud feels
Between the toes!
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泥だらけ!
ポーリー・チェイス・ボイデン
泥って気持ちいよ
足の指の間をびちゃびちゃ気持ちいいよ
どろどろの泥をかき分けていきたいよ
黄色いバラの香りを嗅ぐよりもいいよ
バラの茂みだけが知ってるよ
泥んこの気持ちよさを
バラの足だけが知ってるんだよ
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この詩を読むだけで、今すぐにでも家の外に飛び出して行って、ばしゃばしゃと水遊びをしたり泥遊びをしたくなってきます。
小さな子どもは、全身で身の回りの世界を吸収していて、その小さな足でぴしゃぴしゃと跳ねる水を追いかけたり、つかんだ泥が指の間からボトボトと落ちていくのを見ていたり、新鮮な感覚に心奪われている姿に胸を打たれます。
大人からすれば、おとなしくおしとやかにバラの香りでも嗅いでいてほしいのですが、より直接的に五感を刺激する泥に軍配が上がるようです。
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この詩が面白いのは、そんな風にないがしろにされたバラに、名誉挽回のチャンスが訪れるからです。
確かに、子どもたちも泥んこを楽しみますが、バラはそこに根を張ります。根は、言ってみれば、足のようなもので、泥んこの気持ちよさを誰よりも知っている。
考えてみると、植物ほど地に足の着いた存在はないわけで、決してはしゃぐこともなく、ただ静かに根を伸ばし、そして粛々と花を咲かせる。
泥だらけになりながら遊んでいると、ふとそんなことを考えて、いつまでも子どもと一緒になってはしゃいでいる自分はバラにはなれないなと思い、笑ってしまいます。
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今回の訳のポイント
この詩では、水や泥が撥ねる様子を表現するsquishy-squash「びしゃびしゃ」がひとことで状況を表していて、なかなか日本語にしにくいです。
泥に足を入れたときの、ぐにゃともぐちゃとも言えない感じで泥が広がる、この感覚がsquishy-squashです。「squ」の音が、キュー・ギューと押し出す感じを、よく表しています。
また、wade in wiggly mud「どろどろの泥をかき分けて」では、「w」の音が、うねってくねって形を変えていく泥の様子を、これまたよく表しています。
詩という短い言葉の世界では、単語や音のもつイメージが、より大きなイメージの世界を喚起するのに役立ちます。
泥と戯れる子どものはしゃぎ声まで聞えてきそうで、やっぱり詩っていいなと思います。
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