第65回 子どもが泣きわめいているときに思い出す詩
小さな子どもは、お店や電車で、容赦なく泣きわめいたり暴れたりします。
周りの人の視線がものすごく気になって内心ハラハラしながらも、思うことがあります。
子どもとしては、歩き回って疲れたり、お腹が空いただけだったりするのですが、まだ言葉がうまく使えないので、仕方なく泣いたり暴れたりする。そうすることで、懸命に意志を表現しているんだなあ、子どもって面白いなあと。
そんな時、この詩が波のさざめきのように聞こえてきます。
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Spray
David Herbert Lawrence
It is a wonder foam is so beautiful.
A wave bursts in anger on a rock, broken up
in a wild white sibilant spray
and falls back, drawing in its breath with rage,
with frustration how beautiful!
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しぶき
デイヴィッド・ハーバート・ロレンス
驚くほどに 泡は美しい
波は猛々しく岩に打ちつけ砕ける
白いしぶきとなって沸きたつ
そして引いてゆく 怒りをその息にとどめて
焦燥をその息にとどめて それは美しい
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詩の解釈は自由と言われますが、この詩は、はじめて読んだ時からなぜか、泣きわめく子どものイメージでしか読めないんです。
しぶきを上げて岩に打ちつける激しい波は、感情を爆発させて、足元で暴れている子どもそのものだなと。波は引いてはまた打ち寄せるものですが、子どもの感情表現と似ていて、美しいなと。
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幼い子供は、できないこと・知らないことに満ち溢れています。世界のすべてが新しく見える中で、日々生き延びていかなければいけません。それを処理する子どもの脳と心ではどんなことが起きているのだろうかと思ったりします。
日々未知のことに出会うばかりで、子どもにはできないことの方が圧倒的に多いのです。そんな子どもの反応は、黙りこむか暴れるかしかなく、それがまさに、引いていく波と打ちつける波のようだなと感じます。
積もり積もった無力感と、わからないこと・知らないことの謎が解けないモヤモヤとで、its breath with rage, with frustration「怒りをその息にとどめて 焦燥をその息にとどめて」いるのだなと、思うことがあります。
引き潮のように、ときどき黙りこくって、黙々と作業しているときは、子どもの中で何か構想があってそれを実現しようと悪戦苦闘しているだけ。こうしてみたらと言うと必死に抵抗したりするところが、子どもなりに考えている道筋があるのだと、感動します。
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またあるときは、押し寄せる波のように、必死に気持ちを伝えようとしているときがあります。A wave bursts in anger on a rock, broken up「波は猛々しく岩に打ちつけ砕ける」かのように、自分の気持ちを表現する言葉を知らないがために、泣いたり暴れたりするしかない。今、必死に伝えたいことがあるんだなと、感動します。
泣きわめくにせよ笑い転げるにせよ、自分の足元で感情を爆発させている姿は、まさに砂浜で足元に押し寄せる波のようだなと。
そんな風に懸命にして訴える姿は、ただひたすらにhow beautiful!「美しい!」と思えるのです。
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今回の訳のポイント
D. H. ロレンスは、『チャタレイ夫人の恋人』などのスキャンダラスな小説で20世紀初頭に活躍した作家なのですが、命の躍動感が文章からにじみ出ていて印象的です。
この詩では、音が特徴的です。
タイトルにもなっている、Spray「しぶき」が含まれる行が、特に、イメージを音で伝えています。in a wild white sibilant spray「白いしぶきとなって沸きたつ」のwildやwhiteの「W」の音が、うねる波の感じを伝えています。そして、sibilantとsprayの「S」の音が、しぶきの音を伝えています。sibilantはまさに「歯擦音」という意味で、歯で擦れるような「S」の音、浜辺に打ち寄せる波のシューシューといった音を表しています。
さっきまでギャーギャー泣きわめいていたかと思うと、今度はキャッキャッとはしゃいでいる。
そんな大波のような子どもの世界に飛び込んで、汗と涙でびしょ濡れになって、一緒に泣いたり笑ったりすることの幸せを、こんな詩から感じてしまうのです。