第64回 おばあちゃんのことを考えるときに思い出す詩
おばあちゃんは、やさしい人の象徴。
いつも穏やかな微笑みを浮かべて、やさしさで包んでくれる。そして、やさしい人に育てられた人は、またやさしい人になる。
そんな人たちが見せる、最高にやさしい瞬間に、心が震えることが人生にはあります。
まだ3行しか書いていないのに、すでに涙で目が曇ってきました。
おばあちゃん+赤ちゃんという、最強の組み合わせを描いた、このやさしい詩を読んでみてください。
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The Grandmother
Katherine Mansfield
Underneath the cherry trees
The Grandmother in her lilac printed gown
Carried Little Brother in her arms.
A wind, no older than Little Brother
Shook the branches of the cherry trees
So that the blossom snowed on her hair
And on her faded lilac gown.
I said: ‘May I see?’
She bent down and lifted a corner of his shawl.
He was fast asleep.
But his mouth moved as if he were kissing.
‘Beautiful,’ said Grandmother, nodding and smiling.
But my lips quivered.
And looking at her kind face
I wanted to be in the place of Little Brother
To put my arms round her neck
And kiss the two tears that shone in her eyes.
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おばあちゃん
キャサリン・マンスフィールド
桜の木の下に
ライラックのドレスを着たおばあちゃんはいた
幼い弟をその腕に抱いて
風は、弟と同じく生まれて間もなかったけど
桜の木の枝を揺らした
雪のように散った花びらが髪に
ドレスに はらはらと落ちていった
「見てもいい?」とわたしが聞くと
おばあちゃんはかがんでショールをたくし上げた
弟はすやすや眠っていて
その小さな唇はキスするみたいにもごもご動いていた
「素敵ね」おばあちゃんはうなづき微笑んだ
でも わたしの唇は震えた
おばあちゃんの優しげな顔を見て
思った 弟の代わりに
おばあちゃんの腕にしがみついて
その両目に光る涙にキスしたいと
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このやさしさに涙が止まりません。
悲しくて涙を流すこともあれば、うれしくて涙を流すこともあります。
でも、そんな大きな感情の揺らぎはない、穏やかな瞬間なのに、その穏やかさゆえに心が震えてしまいます。
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桜のピンクの花という淡い色調で、最初から、やさしさ全開です。
風はずっと前から吹いていたのではなく、幼い弟と同じく生まれたて。
何だか、風までパステルカラーに見えてきます。
花は、雪のようにはらはらとやさしく散って、髪や花柄のドレスに落ちていく。
抱かれた弟は、柔らかなショールにくるまれていて、眠っている。
最終行の伏線となるように、弟の口はキスするかのように動いている。
ここで、おばあちゃんが漏らす言葉が、決して「かわいいー!」ではなく、Beautiful「素敵ね」
さすが、おばあちゃん!
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こうして穏やかさに包まれていた詩に、突然、緊張が生まれます。
But my lips quivered.「でも わたしの唇は震えた」
すやすやと眠っている幼い弟は気づきもしない、おばあちゃんのやさしさ。
桜舞い散る木の下で、すやすや眠る孫を腕に抱き、涙が光っている。
その美しさにキスしたい!という衝動がこみ上げて、思わず唇が震えてしまう。
そんな圧倒的なやさしさに心が揺さぶられます。
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今回の訳のポイント
キャサリン・マンスフィールドは、食卓の会話を描いた「朝ごはん」の詩など、家族の日常をドラマチックに描く詩が多いです。
そして、この詩がすばらしいのは、一枚の絵や写真で伝えられない感情を、映像作品のように表現している点です。
最初に、桜の淡いピンクでやさしさを画面いっぱいに表現します。次に、おばあちゃんが、そして、その腕に抱かれた幼い弟が、順に登場人物として紹介されていきます。
大きな桜の木から、舞い落ちていく花びらを目で追っていくと、そこにショールに包まれた弟がいて、ぐっとフォーカスしてのぞきこむ。
小さな唇の小さな動きに感動していると、声が聞こえて、おばあちゃんの方を向くと、その両目にうっすら涙が光っている!
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その瞬間に身体に走る、とてつもなくやさしい気持ち、その衝動。
ここまで映像的に見ていた目の前の出来事から、自分の心で感じたものに変わる。
身体の芯で感じた、計り知れない「やさしさ」は、言葉でないと表現できない。
こんなにも、圧倒的で、身体に湧き上がる「やさしさ」を味わえる瞬間、長いようで短い人生にどれほどあるのでしょうか。
わたしは毎日ある、と宣言したいと思います。詩人の心のカメラで見渡せば、涙に光る「やさしさ」が、あちこちに見つかるはず、そう思います。
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