第62回 美しい人に出会ったときに思い出す詩
美しいけれど、どこか自信がなさそうな人に出会うと、いつも思うことがあります。
素晴らしい内面をもつこの人は、外見の「美しさ」以外の評価も、たっぷり受けているだろうかと。
周りからの評価は「きれい」「かわいい」で止まってしまっているので、かえって自己評価が低くなってしまっていないだろうかと。
人類史上最高の恋愛詩人、シェイクスピアも「きれい」「かわいい」という褒め言葉の陳腐さに、我慢がならなかったようです。
ソネットという形式の詩なので、最後の2行に結論となるメッセージが来るのですが、それまでは延々続く彼の怒りと皮肉を聴いてあげてください。
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Sonnet 130
William Shakespeare
My mistress’ eyes are nothing like the sun;
Coral is far more red than her lips’ red:
If snow be white, why then her breasts are dun;
If hairs be wires, black wires grow on her head.
I have seen roses damask’d, red and white,
But no such roses see I in her cheeks;
And in some perfumes is there more delight
Than in the breath that from my mistress reeks.
I love to hear her speak, yet well I know
That music hath a far more pleasing sound.
I grant I never saw a goddess go:
My mistress, when she walks, treads on the ground.
And yet, by heaven, I think my love as rare
As any she belied with false compare.
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ソネット130番
ウィリアム・シェイクスピア
ぼくの愛する人の瞳は 太陽なんかじゃない
唇は 珊瑚のほうがよっぽど赤いし
雪が白なら 彼女の胸は浅黒い
髪が金の糸なら 彼女のは黒い針金だし
赤と白が溶け合うダマスクローズは知っているけれど
彼女の頬には そんなものは見当たらない
巷には香水というものがあって
彼女の漏らす吐息よりずっとかぐわしい
彼女の言葉に耳を傾けるのは好きだけど
音楽ははるかに心地よい音を奏でる
女神とやらが歩くのは見たことないけれど
彼女が歩くとき その足はしっかり地面についている
だとしても 間違いなく 僕の愛しい人は稀有な人なんだ
くだらない喩えをされている他の女性たちと同じように
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シェイクスピア、怒ってますねえ。
陳腐な褒め言葉を、一蹴しています。
「君の瞳は太陽だ」とか「君の唇は珊瑚のように赤い」とか「君の髪は金の糸だ」とか「君の頬はダマスクローズのピンクだ」とか「君の吐息は香水よりも甘い」とか「君の言葉は音楽のようだ」とか「君は女神だ」とか、薄っぺらい褒め言葉を全て否定!
この愛しい人の魅力は、そんな陳腐なところにあるんじゃない!ということを、皮肉たっぷりに主張しています。
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愛しい人の瞳は曇ることもあるし、肌の色や髪だって人さまざま。
心地よい音楽は表面的には素敵かもしれないが、彼女と交わす言葉こそが、深く胸に響く真実。
女神と違い、地に足が着いた、飾らない自然体のありのままの姿。
だからこそ、その人は稀有な存在であると。
陳腐な言葉で飾らなくても、手垢のついた表現をもってこなくても、その人をまっすぐに見れば、その人自身の言葉に耳を傾ければ、間違ったくだらない喩えは出てこないはず。
シェイクスピアがやさしいのは、自分にとって愛しい人だけでなく、他の女性も同じように、陳腐な喩えによって、その人らしい「美しさ」がいかに無視されているのかということに言及しているところですね。
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今回の訳のポイント
この詩の前半では、「瞳」「唇」「髪」「頬」といった外見的パーツばかりを取り上げる浅はかさを全面否定。
後半では、「香水」「音楽」といった、人工的な美の追求と比べて、生身の人間の素朴な現実を提示。
こういった構成の詩の最後に、「僕の愛しい人は稀有な人」という最高の褒め言葉で締める。
シェイクスピア、さすがですよね。
それは、「~のようだ」と無理やり何かに喩える必要がない、その人らしさを見ているからこそ、出てくる言葉なんですよね。
シェイクスピアは、「あらゆることにうんざりだ」という詩があるように、ネガティブな感情を皮肉に包んで、最後に核心を突くのがとても得意です。
そして、愕然とするのは、人の美しさは陳腐なほめ言葉で表現できるものでない!という熱い思いを、シェイクスピアが詩に込めてから400年、今の時代もあまり変わっていないなということです。
今の時代にシェイクスピアが生きていたら、また同じような詩を書くのでしょうか。
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