第57回 長期的な成果について考えるときに思い出す詩
こんなことやっていて意味あるのかな。
仕事で生活で、そんなモヤモヤした気持ちに襲われることがあります。
今すぐ目に見える結果を出すのではないタイプの日々の営み。
そんなことを考えていたら、こんな詩のことを思い出しました。
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Who has seen the wind?
Christina Rossetti
Who has seen the wind?
Neither I nor you:
But when the leaves hang trembling,
The wind is passing through.
Who has seen the wind?
Neither you nor I:
But when the trees bow down their heads,
The wind is passing by.
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風の姿を見た人はいる?
クリスティーナ・ロセッティ
風の姿を見た人はいる?
わたしも あなたもない
でも しなだれる葉がふるえるとき
風は通りぬけている
風の姿を見た人はいる?
あなたも わたしもない
でも 枝がこうべを垂れるとき
風は通りすぎている
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風に、姿かたちはありません。
しかし、風が吹くことで、木々の枝や葉に動きが生じて、風の存在を知らせてくれる。
葉がガサガサと揺れることで、風がその隙間を吹き抜けていったのだと分かります。
枝がたわむのは、風が木に力を及ぼした、その作用の結果。
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この詩は、こうした自然の描写や、目に見えないものをどう認識するかという点で、非常に詩らしい詩として、さまざまな詩のアンソロジーに収録されます。
確かに、それ自体で素晴らしい詩だなと感じていたのですが、ある時、まったく違う考え方で、この詩が心に届くことがありました。
子育てって、自分なりにこうあるべきだとかこうしてあげようという思いをもって、子どもに向き合ったりもするわけですが、本当にそれでいいのか、よかったのかが分からないまま、月日が流れていく面があります。
そんな悩みを話してくれたあるひとが、ある日子どもがこんなことをしてくれたんだけど、それはまさに、子どもにはこういう人間になってほしいと思って、自分はいつも心がけてきたことだったの!という話をしてくれたことがありました。
それが、人をいたわることであれ、あきらめないでがんばることであれ、一朝一夕に身につく物ではありません。
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私自身は、教えるということを長く生業にしていますが、必要な知識や考え方を伝えていき、それらが認知の枠組み、スキーマとして十分に発達していくと、一気に理解や運用のレベルが上がっていくというのを、よく目にします。それも、やはり一夜にして伸びるタケノコとはいかないものなのです。
しかし、子どもが成長した姿をみせてくれたり、学んだ人が大きな進歩を遂げたり、そこにはそれだけの時間とエネルギーと愛情が注がれてきたのです。
日々の家事やふれあいや心づかいのひとつひとつは形には表せませんが、その結果としての姿は見せてくれる。
つまり、風の姿は見えなくても、揺れている枝葉を見れば、風の強さはわかる。
そう考えると、風のように形はない、がんばりも愛情も、それを受け止めてくれた人の言葉や行動に反映されてくるのだな。
だから、あきらめずに、目に見えないものに心血注いだっていいのだな。そう思えてきます。
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今回の訳のポイント
非常に短い詩であっても、技巧は詰まっています。それを意識的に、短い日本語として訳すのもなかなか難しいものがあります。
But when the leaves hang trembling,「でも しなだれる葉がふるえるとき」というのは、人間が寒気や感動に震える様子でもあり、心象風景のようにも感じられます。
But when the trees bow down their heads,「でも 枝がこうべを垂れるとき」というのは、悲しみや落胆に肩を落とす人の心を表しているようにも感じます。
こうした心象風景と擬人化のミックスによって、風に揺れる木々の葉や枝を見ただけで、風の姿と、人の心が見えてきて、グッと心をつかまれてしまうのです。
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