第49回 忘れたくない人がいるときに思い出す詩
人との別れは辛いものです。
大切な人の姿や言葉を記憶にとどめておこうと思っても、年月ともに少しずつ忘れていってしまうものです。
あんなに多くの時間をともに過ごしたのに、あんなに多くを語り、分かち合ったのに、段々と記憶の細部が曖昧になっていく。
そんな、時間の残酷さにおびえそうになったときに思い出す詩があります。
遠くへと去っていく人が、やさしく語りかけてくれる、そんな詩です。
*****
Remember
Christina Rossetti
Remember me when I am gone away,
Gone far away into the silent land;
When you can no more hold me by the hand,
Nor I half turn to go yet turning stay.
Remember me when no more day by day
You tell me of our future that you planned:
Only remember me; you understand
It will be late to counsel then or pray.
Yet if you should forget me for a while
And afterwards remember, do not grieve:
For if the darkness and corruption leave
A vestige of the thoughts that once I had,
Better by far you should forget and smile
Than that you should remember and be sad.
*****
覚えていてね
クリスティーナ・ロセッティ
覚えていてね わたしが遠くへ行ってしまっても
遠く遠くわたしが冥土へ旅立ってしまって
わたしの手を握ることができなくなって
「じゃあね」と別れたり また一緒にいることができなくても
覚えていてね ふたり一緒の日々はもうなくて
思い描いていた未来を わたしに語ることができなくても
覚えていればいいの わかっているでしょ
忠告しても祈ったとしても もう手遅れだから
でも わたしのことなんかしばらく忘れてしまっても
またあとで思い出すこともあるから だから泣かないで
だって 暗闇や亡骸のあとに残るものがあるから
わたしの思いのかけらが残るから
だから わたしのことなんか忘れて 微笑んでいて
わたしのことを思い出して悲しむのは 嫌だから
*****
泣かないでと言われるほどに涙がこぼれてしまうのは、私だけでしょうか。
残された者は、去りゆく人の精一杯のメッセージを受け取って、本当に「忘れて 微笑んで」いることができるでしょうか。
変わらぬ日常があるときには、「じゃまたね」と別れては、また一緒にいるということが当たり前で、手の届かないところへ行ってしまうとは想像もしないものです。
*****
詩の前半では、「覚えていてね」を繰り返しています。
沈黙の国、The silent land「黄泉の国」へ旅立ってしまうのだから、言葉も届かないし、声を聞くことももうできません。
もう二人で未来について語り合うことはできないけれど、覚えていればいい。そう繰り返されます。
グッと来るのは、「もう手遅れだから」という言葉ですね。
未来にはこんなことが起こってしまうぞと、過去の自分に伝えてあげたくなることがありますが、それは無理な話。
*****
ところが、詩の後半になると、「忘れてしまってもいい」と、急転回が訪れます。
たとえ、忘れてしまったとしても、何かのきっかけで思い出すこともあるだろう。そう思えたら気が楽になるのになあと思っているところに、やさしい言葉が続きます。
かたちある身体や一緒にいる時間は失われたとしても、A vestige of the thoughts「思いのかけら」は残る。
あのときあんなこと言っていたな。あのときあんなこと言われたから、今でも癖みたいになってるんだよなあ。
そういう風にして、その人と過ごした時間や語り合った思いが、今の自分の考え方や行動のしかたに影響を与え、名残りとして刻まれていること。じーんときますね!
だから、ちょっと忘れたっていい。また何かのきっかけでどうせ思い出すのだから。最後まで読んでみて、そんなメッセージが分かる気がします。
*****
今回の訳のポイント
詩の前半と後半で、「覚えていてね」から「忘れてしまってもいい」へと大きくメッセージが変化するのに合わせて、詩の構成にも変化が見られます。
前半は、「覚えていてね」のメッセージを何度も念押しするかのように、二種類のシンプルな韻だけが繰り返されます。
・away/stay/day/pray
・land/hand/planned/understand
また、音の面でもとても効果的です。
「二人で語り合った未来はもう一緒につくれない」という強いメッセージが発せられる箇所になると、母音に変化が見られます。
声に出して読んでみるとわかるのですが、それまでaway/stay/dayなど比較的ゆったりした音が続いたのに対して、You tell me of our future that you plannedの箇所では、you/futureのooの音が鋭く響きます。自然と心に刻まれる感じがします。
*****
「思い出せなくてもいいから」という詩を以前紹介したことがありましたが、追憶はいつも私たちの胸を焦がします。
「覚えておかないと」と自分に言い聞かせていないと、記憶が薄れてしまいそうで不安になる。
でも、一緒に過ごした時間の中で、様々に影響を受けて今の自分がある。
だから、何かを考えたり、話したり、行動をしたりするときには、やっぱりその人のA vestige of the thoughts「思いのかけら」は残っている。そう思えたら、微笑んで今日を生きられる気がしてきます。
【英語力をアップさせたい方!無料カウンセリング実施中】
これまで1700社以上のグローバル企業に通訳・翻訳・英語教育といった語学サービスを提供してきた経験から開発した、1ヶ月の超短期集中ビジネス英語プログラム『One Month Program』
カウンセリングからレッスンまですべてオンラインで行います。
One Month Program