第44回 心のよりどころが欲しくなったときに思い出す詩
錨を降ろしたような感覚。
心から安心できる感覚。自分がありのままでいられる感覚。それさえあれば、外面的にはどんなに大変でも、内面は穏やかでいられるものです。
そんな穏やかさを求めて、思い切り切り叫んでみたくなった時に思い出す詩があります。
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Wild nights — Wild nights!
Emily Dickinson
Wild nights — Wild nights!
Were I with thee
Wild nights should be
Our luxury!
Futile — the winds —
To a Heart in port —
Done with the Compass —
Done with the Chart!
Rowing in Eden —
Ah — the Sea!
Might I but moor — tonight —
In thee!
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嵐の夜 — 嵐の夜!
エミリー・ディキンソン
嵐の夜 — 嵐の夜!
あなたがそばにいたら
嵐の夜は
わたしたちだけの贅沢!
吹き荒れる風も — 気にならない —
心が港にあれば —
羅針盤はもういらない —
海図だってもういらない
エデンの園を漕いでいく —
ああ — 海よ!
錨をおろすことさえできれば — 今夜 —
あなたの中に!
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「今夜、あなたの中に錨をおろしたい!」と、情熱がほとばしった詩ですが、この詩の作者、エミリー・ディキンソンは静謐そのものの人生を送った詩人です。
しかし、「言葉は死ぬ」という詩のように、ときどき強烈にグサッと心に刺さる詩があって、驚かされます。
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嵐のような人生の荒波に飲み込まれそうなときがあります。
しかし、心のよりどころとなるようなひとやものがあれば、どんなに表面的には荒れ狂っていても、「自分はきっと大丈夫!」と心の中では信じることができたりします。
羅針盤や海図のような、だれかに指示された針路はもう必要ない。自分の求めるものに従って、ありのままでいたい。そんな決意が湧き上がってきます。
それは、エデンの園で、禁断の果実を食べてしまうまで、裸で暮らしていたアダムとイブのような素朴さ。
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これだけの話であれば、情熱のひと言で片づけることができるのですが、ふと気づくことがあります。
Were I with thee「あなたがそばにいるならば」や、Might I but moor「錨をおろすことさえできれば」とあるように、それはあくまでも仮定の話だということ。
錨をおろす港である、あなたが今ここにいないということ。
そんな寂しさが、激しい気持ちとして押し寄せてきます。
アダムやイブのようなありのままの自分。自分を認め受け入れてくれる存在。
それを求めても叶わないもどかしさに身悶えするときに、このような叫びが生まれるのかなと思います。
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今回の訳のポイント
並べられている言葉は嵐のように激しいですが、声に出して読んでみると、”thee” “be” “luxury” “Sea”というシンプルな韻が、穏やかさを得た心のイメージを感じさせます。
そして、この詩のtheeを何と捉えるかで、かなり受け止め方は異なってきます。
「今夜、あなたの中に錨をおろしたい!」という熱い言葉そのままに、恋の対象と捉えることもできます。ただ、同時に、エデンの園のようなメタファーも登場しているので、信仰の対象と考えることも可能です。
それが愛であれ、信念、信仰であれ、自分はこれでいいのだと思える感覚。それが、a Heart in port「心が港にある」という感覚なのかなと感じます。