第39回 雪が降り出したときに思い出す詩
森に雪が舞い降りてくると、いよいよ冬本番です。
しんしんと降る雪が、辺りを静寂に包みます。そんな森で、獲物を求めて狩人はキャンプを張ります。
そんな情景と、ある男女の会話を描いた詩があって、共通の知り合いの女性について議論しているのですが、それがどうして冬の森の情景につながるのか。まずは読んでみてください。
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Snowfall
Sara Teasdale
“She can’t be unhappy,” you said,
“The smiles are like stars in her eyes,
And her laughter is thistledown
Around her low replies.”
“Is she unhappy?” you said—
But who has ever known
Another’s heartbreak—
All he can know is his own;
And she seems hushed to me,
As hushed as though
Her heart were a hunter’s fire
Smothered in snow.
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雪が降る
サラ・ティーズデイル
「不幸せなはずないでしょ」あなたは言った。
「あの笑顔、目がキラキラしてるし
笑い声なんて綿毛みたいだし
浮かない顔しててもね」
「やっぱり不幸せなのかな」あなたは言った。
でも わかるわけない。
誰かの心の痛みなんて。
結局自分のことしかわからないものだし。
彼女はわたしに何も言ってくれない。
その沈黙はまるで
狩人の焚き火のように
くすぶっている
雪の中で。
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心の痛みは、自分の胸の中でズキズキと痛むもの。他人には、なかなか理解できないもの。
そんなメッセージが、男女の会話から急転直下、森の情景に切り替わって、胸にズキンと突き刺さります。
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「雪が降る」というタイトルなのに、突然「不幸せなはずないでしょ」といった会話から始まります。
見た目は幸せそのもの。でも何か引っかかるものがあって、「やっぱり不幸せなのかな」と思い直したりもする。
そして、突然心の声に切り替わり、物言わぬ人の苦しみに思いを馳せます。
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誰かが困っていることをそれとなく感じていても、どこまで踏み込んだらいいのかわからない。
不幸せな状況に苦しんでいるが、それを誰かが理解してくれるとも思えない。
理解してくれたところで、事態の解決になるわけでもないから、気が引けて口には出せない。
お互いにそんな思いを抱え込み、じりじりとした緊張感に耐えながら、大切な人に向き合わなければいけないときがあります。
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このような緊張感は、森の情景の比喩にも表れています。
降り積もる真っ白な雪は、純粋さの象徴。
そこでくすぶる焚火。森に緊張が走ります。
互いに息を潜めながら対峙する狩人と動物。
これら一連のイメージが思い起こされ、人と人との間に横たわる沈黙、そこに宿る緊張感が、雪に覆われた森の静けさと結びつきます。
このように、関係ないように思われる2つのことがらが、「雪」というキーワードによりひとつになって、詩は突然終わりを告げます。
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今回の訳のポイント
詩にそれとなく散りばめられたanalogy「類比」が、密かな効果を果たすことがあります。
日本の古典的な和歌でも、短い中に多くのanalogy「類比」を組み込み、その効果を味わうという楽しみ方があります。
例えば、「思ひ消ゆらむ(おもいきゆらん)」とあれば、「思ひ」が「火(ひ)」を思い起こさせ、「燃える」という単語はどこにもなくても、「燃える思いも消えてしまいそうだ」という訳になったりします。
この詩の前半には、thistledown「アザミの白い冠毛」とあります。これによって、白くてフワフワしたもの=雪というイメージが無意識に喚起され、終結部での白い雪の登場もすんなりと受け入れることができる、、、とは限らないかもしれませんが、それが詩の効果なのです。
ひとつのイメージから無限に広がる想像力と、共感で心を震わせる感受性。それを表現するための言葉選び。これは読者の力が試されますね。
何と言っても、詩人の辞書では、「人に言えない悩み」=「雪の中でくすぶる狩人の焚火」となるのですから!