第36回 秋の夕闇に包まれたときに思い出す詩
秋が深まり、迫る夕闇に肌寒さを感じると、闇の陰影に詩人の心が刺激されます。
徐々に夕闇が迫る魅惑の瞬間、その美しさを描き切ると、こんな詩になるようです。
これでもかと繰り出される秋のイメージ、散りばめられた宝石のような美の誘惑に耐えられるか、、、私は自信がありません!
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An Autumn Evening
Lucy Maud Montgomery
Dark hills against a hollow crocus sky
Scarfed with its crimson pennons, and below
The dome of sunset long, hushed valleys lie
Cradling the twilight, where the lone winds blow
And wake among the harps of leafless trees
Fantastic runes and mournful melodies.
The chilly purple air is threaded through
With silver from the rising moon afar,
And from a gulf of clear, unfathomed blue
In the southwest glimmers a great gold star
Above the darkening druid glens of fir
Where beckoning boughs and elfin voices stir.
And so I wander through the shadows still,
And look and listen with a rapt delight,
Pausing again and yet again at will
To drink the elusive beauty of the night,
Until my soul is filled, as some deep cup,
That with divine enchantment is brimmed up.
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秋の夕暮れ
ルーシー・モード・モンゴメリー
夕闇迫る丘と鈍重な薄黄色の空
揺れる深紅の旗に包まれるかのように
夕暮れに染まる天蓋の下には静寂の谷
薄明かりをその腕に抱き締め横たわる
身寄りなき風が吹き過ぎ奏でる
竪琴のごとく葉を落とした樹々
呼び起こすのは神秘のラプソディ
哀切の調べ
冷たき藤色の空に編み込まれるのは
遠くに昇る月の白銀の輝き
澄明とした深き海の淵より朧げに
南西にあって偉大なる金星の煌き
聖堂のごとく仄暗いモミの木の谷間に
手招きし揺れる大枝に
妖精たちの囁きが聴こえる
凝然とした影法師の間をわたしは彷徨う
目を凝らし耳を澄ましては喜びに踊る
おもむろに幾度も足を止めては
捉えがたき夜という名の美酒を味わう
深き椀のごとくわが魂は満たされる
神々しき魅惑の夜が湧き上がるままに
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秋の夜の魅力をこんなにも美しくロマンチックに描けるなんて、、、秋の夜という名の魅惑の美酒に、完全に酔ってしまいますね。
ルーシー・モード・モンゴメリーは、ピクニックの詩や薄明の詩もそうでしたが、自然をロマンチックに描く名手。
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この詩でも、ロマンチックすぎる言葉に飾られた一行一行にドキドキしてしまいます。
例えば、こんなフレーズがありました。
・hushed valleys「静寂の谷」
・the lone winds「身寄りなき風」
・the harps of leafless trees「竪琴のごとく葉を落とした樹々」
・mournful melodies「哀切の調べ」
・the darkening druid glens of fir「聖堂のごとく仄暗いモミの木の谷間に」
・beckoning boughs「手招きし揺れる大枝」
・the elusive beauty of the night「捉えがたき夜の魅力」
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「秋の夜は美しく魅惑的だ」という抽象的な思いを伝えるために、イメージや構成の妙が必要になります。
冒頭で、「丘」と「空」というなだらかで大きなイメージからはじまり、「谷」で陰影が生まれます。次に、「風」が樹々を抜けて、音が聞こえます。
再び、「空」に戻り、そこに昇る「月」と「星」の光を感じた途端に、「モミの木」や「大枝」という森の奥の暗がりへ一気に連れて行かれます。
と、ここまで自然を具体的に描写してきたのが、最後は「夜という名の美酒」や「神々しき魅惑の夜」という抽象的なイメージを残して、この詩の旅は終わります。
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今回の訳のポイント
わたしは日本語が大好きですが、今回のような詩を日本語に訳すときは、一層興奮します。
ひとつの形容詞に対して、ふつうの形容詞とロマンチックな形容詞があって、その言葉選びにドキドキします。
hushed「静かな」→「静寂の」
lone「ひとりきりの」→「身寄りなき」
mournful「悲しみの」→「哀切の」
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逆に、英語であればひと言で済むのに、日本語では説明的にならざるをえない言葉もあります。
例えば、Fantastic runes and mournful melodies「神秘のラプソディ 哀切の調べ」
Runesは、フィンランドの叙事詩「カレワラ」や北欧のルーンなどの古代文字、ひいては神秘の呪文のように使われます。ここでは、叙事詩的狂詩曲を意味する「ラプソディ」として、神秘性と叙事性を合わせて表現することにしました。
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また、the darkening druid glens of fir「聖堂のごとく仄暗いモミの木の谷間に」も難しいです。
Druid「ドルイド」は、古代ケルトの宗教的イメージを喚起させます。その特徴は、森や樹々を信仰の対象としていたこと。ここでは、「聖堂のごとく」という誰もが理解できる一般的な言葉にして、モミの森の荘厳さとあわせて表すことにしました。
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こうした背景知識があれば、一層イメージが広がり詩の魅力を味わえますが、それを抜きにしてもこの詩の秋の描写は、圧巻です。
「捉えがたき夜という名の美酒を味わう / 深き椀のごとくわが魂は満たされる / 神々しき魅惑の夜が湧き上がるままに」なんて言われると、それだけで美しい神秘のイメージに酔ってしまいますよね。