第30回 謙虚なひとに出逢ったときに思い出す詩
世の中には、強い輝きを放って人々の目を引きつける人たちがいますが、同じかそれ以上の才能を持ちながらも、その謙虚さ故か、その功績に陽があたらない人もいます。
謙虚な人は、自分の手柄や功績を声高に叫びません。むしろ自分の至らなさを口にしたりもします。
今回の詩では、「火打ち石」というメタファーを通じて、そんな人たちの輝きを認めることにしましょう。
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Flint
Christina Rossetti
An emerald is as green as grass,
A ruby red as blood;
A sapphire shines as blue as heaven;
A flint lies in the mud.
A diamond is a brilliant stone,
To catch the world’s desire;
An opal holds a brilliant spark;
But a flint holds fire.
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火打ち石
クリスティーナ・ロセッティ
エメラルドは、草葉の緑
ルビーは、鮮血の赤
サファイアは、天空の青
火打ち石は、泥の中
ダイアモンドは、まばゆいばかり
だれもが欲しくなるもの
オパールも、輝きを放つけど
火打ち石は、火を生み出せる
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鉱石の色の眩さを何に喩えるか。短い詩にリズム良く並べられていますね。作者クリスティーナ・ロセッティの得意とする形です。
19世紀に生きたクリスティーナ・ロセッティ自身も、陽のあたる場所で生きた詩人ではありませんでした。
32歳で最初の詩集を発表し、同時代の人々からも称賛を得ましたが、その人生は静謐なものでした。
一方で、兄のダンテ・ガブリエル・ロセッティは、時代を代表する芸術一派を率いて、絵画に文学にと華々しい活躍をしました。
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火打ち石は、見た目は地味な石です。派手な色で人々の目を引きつける鉱石とは違って、見た目は素朴そのものです。
しかし、火打ち石は、火を生み出すことができる。派手な鉱石は光を通すことで輝くことが可能になりますが、自ら光を生み出すことはできません。
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他人の時間や能力といったリソースを使って、自らの大事業を実現させ称賛を集める人がいる一方で、自らの身を削ってオリジナルなものを生み出す人もいます。
生み出す火は小さいけれど、他の誰にも真似できないものを作り出す。そんな火打ち石のような慎ましさと大胆さ、やはり魅力的ですね。
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今回の訳のポイント
クリスティーナロセッティは、子ども向けの詩も多く残しましたが、この作品もその一つです。
特徴的なのは、統一感のあるリズムとくり返しです。green as grass「草葉の緑(草のような緑色)」、red as blood「鮮血のような赤(血のように赤い)」、blue as heaven「天空の青(空のように青い)」などです。
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形容詞のリズムが心地よいのですが、日本語では「赤い」「青い」に対して、緑は「緑い」と言えず、リズムが整いません。
考えてみると、赤青白黒の4色のみが「〜い」という語尾なんですよね。祭事や暮らしに根ざした最も基本的な色であることと関係がありそうです。
そして、「緑」は「青葉」と言う程なので、「緑」と「青」の区別がないようです。ここでの日本語訳においても、「草葉のように緑い」と書いて、「あおい」とふりがなを振ってみたくもなります。
鉱物も人々も多様、そんな世界の豊穣さ。鮮やかな色彩をもつ鉱石とは対照的に、地味な火打ち石が自ら生み出す火花の輝き。その眩しさを、簡素な詩からも感じますね。