第27回 月のようなひとに出逢ったときに思い出す詩
多才多芸なひとは、傍目には才能を遺憾なく発揮しているように見えます。博愛の精神に溢れたひとは、どんなときも微笑みを絶やさないように見えます。
しかし、多くのことがらにおいて自分の理想を追求し、また同時に、他人の心に寄り添うこともできるひとだからこそ、本人の中で消化しきれない苦しみがきっとあると思ったりもします。
そんなひとを月にたとえた詩があります。なぜ月なのか。早速、詩を読み解いてみましょう。
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To The Moon
Percy Bysshe Shelley
Art thou pale for weariness
Of climbing heaven and gazing on the earth,
Wandering companionless
Among the stars that have a different birth,
And ever changing, like a joyless eye
That finds no object worth its constancy?
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月へ
パーシー・ビッシュ・シェリー
きみが 蒼ざめているのは
うんざりしてしまったからなのかい?
天へのぼっては この地を眺め下ろすけれど
友もなく彷徨うからなのかい?
星々はきみとは生まれも違うからね
きみは一度として同じ顔はしないけど
その瞳は歓びを知らないし
変わらないものを探し続けている
でもまだ見つからないのかい?
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古今東西、才能に溢れ、けれど決して独善的でない、繊細な心の持ち主が自ら命を絶ってしまうケースがあとを絶ちません。
一見輝いているのに、外には表れない苦しみに苛まれていたのかもしれないと、残された者はあとになって思い至ります。
太陽のように、圧倒的に、一方的に、周囲を照らす人がいます。一方で、月は、静かに、ひとの光を照り返してくれる存在です。
そう考えながら、この詩を読み直してみると、月というシンボルに多くの意味が込められていることに気づきます。
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冒頭で、月が青白いのはうんざりしているからとあるので、穏やかな詩ではないと、まず気づきます。
誰に対しても区別なく優しい人は、climbing heaven and gazing on the earth「天へ昇っては この地を眺め下ろす」ように、誰かが困っているときや苦しいときに、すぐさま現れて希望の光を灯してくれます。
しかし、才能溢れる人は、Wandering companionless「友もなく彷徨う」ことも少なくありません。
人から称賛を浴びたいがために才能を使っているのでなく、あくまでも自らの理想の姿を追求する過程で、副産物として成果をあげているに過ぎないことがあります。
たとえ人に囲まれていても、Among the stars that have a different birth「星々はきみと生まれも違うから」、真の意味での理解者が傍におらず、孤独を感じることもあるかもしれません。
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多才多芸で様々な分野に顔を出し、博愛の精神でどんな人にも寄り添う人は、満ち欠けを繰り返す月と同じく、 ever changing「一度として同じ顔はしない」かのように、その感受性で常に心と頭脳をアップデートしています。
そうすると、決して「これでよし」と思えることはなく、like a joyless eye「その瞳は歓びを知らない」ことになり、人との比較でなく、己自身の完成度に常に不足を感じるようになります。
その結果、That finds no object worth its constancy「変わらないものを探し続けている でもまだ見つからない」状態に苛まれることになるのです。
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今回の訳のポイント
日本語では一つの単語で済むことを、英語では説明的に訳す必要が生じることがあります。その反対に、英語ではシンプルな一つの単語であるのに、日本語では説明的に訳さなければいけないことがあります。
今回の詩には2つのキーワードがありました。
companionless「友がいない」「傍に誰もいない」と、constancy「恒久性」です。これら一つの単語が包含する様々なニュアンスを、日本語で説明的になりすぎずに訳すのは、本当に難しいです。
Wandering companionless「友もなく彷徨う」は何とかなるとして、That finds no object worth its constancy?はconstancy「恒久性」をどう捉えるかがポイントになります。
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ひとつの分野にとどまらずに各分野で才能を発揮すること、ひとりの人でなく分け隔てなく様々な人に愛を配ること、そこにはconstancy「恒久性」がないように受け取れられることもあるかもしれません。
また、その感受性で、外部の刺激を吸収して常に自分を変化させつづけることによって、昨日までの自分とは違うのに、周りからは同じイメージを押しつけられることもあるかもしれません。
そうした葛藤に苛まれる人の姿を、こんなにやさしく描写してくれることに、いつも胸が熱くなります。