第16回 海へ行ったときに思い出す詩
海は海でも、磯に行ったときに思い出す詩があります。
ゴツゴツした岩場で、取り残された魚が泳ぐ潮だまり。そこを覗きこんでみる。
そして、詩が生まれる。
感情は盛り込まず、見たままを描写しているようで、色々な意味に解釈できる詩。
シンプルながらマジカルな詩なのですが、その素晴らしさが伝わりますように!
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The Pool
By H. D.
Are you alive?
I touch you.
You quiver like a sea-fish.
I cover you with my net.
What are you – banded one?
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潮だまり
H.D.
あなたは生きているの?
触れてみる
まるで震える魚だね
網で捕まえてみる
縞模様?それとも身動きがとれないの?
で、あなたは何者?
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う〜ん、英語では味わえる多義性を日本語で表現しきれないこの辛さ!
作者のHilda DolittleはH. D. と名乗り、20世紀のはじめに、詩の世界に革命を起こした女性です。それまでのパターン化されたロマンチックな詩からの脱却を図り、前衛的な詩を生み出しました。
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まず、磯の潮だまりというタイトルなので、問いかけている対象は魚だろうと考えられます。
しかし、触れてみると海水魚の「ように」震えるということは、本当の魚ではないかもしれないと気づきます。
ここで、この詩に無限の可能性が生まれます。
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例えば、水面を鏡のようなものと考えてみると、どうでしょうか。覗き込んだところに映っているのは自分自身。
生気を失くした自分の姿に慄いて、「生きているの?」と問いかける。触れてみると、水面が揺れて、自分の輪郭もゆらゆら。輪郭のない自分という存在のあやふやさ。
捉えどころのない自分の存在を確かめるべく、網を投げ入れ捕まえてみようとする。
でも、結局それが何者なのかは分からない。
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感情を歌い上げることもせず、見たままを言葉にしているようで、その言葉の多義性によって、様々に受け取れる。
簡潔だからこそ、意味の余白が多く、いかようにも解釈できる。
ロマンチックな詩も良いですが、こういった底知れなさを感じさせる不気味な詩も良いですね。
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今回の訳のポイント
Bandedはいくつかの意味があって、熱帯魚のような「縞模様」とも、「結びつけられている」とも理解できます。
「縞模様」なのであれば、珊瑚や海藻の間で輪郭が不明瞭になる、そんな存在の不確かさを表せます。
「結びつけられている」のであれば、人生のしがらみや面倒ごとに捕らわれ、潮だまりに取り残されたような孤独を表しているとも理解できます。
いかがでしょうか。いかにも深い解釈になりました!
モダニズムの詩。その簡潔な言葉の先にある奥深い魅力を感じていただけましたか。