第14回 湖に行ったときに思い出す詩
山も川も海もあるのに、なぜ湖かと思われるかもしれません。
しかし、今回の詩は、湖での一瞬を捉えた写真のような詩で、その美しさをぜひ味わっていただきたいのです。
丘の上から、眼下に横たわる湖を眺めているつもりで、次の詩を読んでみてください。
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L’oiseau bleu
By Mary Elizabeth Coleridge
The lake lay blue below the hill.
O’er it, as I looked, there flew
Across the waters, cold and still,
A bird whose wings were palest blue.
The sky above was blue at last,
The sky beneath me blue in blue.
A moment, ere the bird had passed,
It caught his image as he flew.
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青い鳥
メアリー・エリザベス・コウルリッジ
丘のふもとに広がる青い湖面
ふと見ると 飛びゆくものがある
冷たく静かな湖水を渡る
鳥の翼の淡い青
見上げた空もやはり青
足元の青に 空の青が溶け合っている
鳥が去りゆく その刹那
一面の青が 飛びゆく青をつかまえた
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これまで、言葉にできない気持ちを表現するような詩を多く紹介してきました。しかし、この詩は感情を排して、見たままを言葉で表現しようと試みています。
青い空が映る青い湖面を青い鳥が飛んで行った。
それだけのこと。
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写真に一瞬を閉じ込めようとするのと同じように、言葉で一瞬を切り取ってみる。
ある瞬間に自分が目にした感動を、写真に収めたい。しかし、撮ってみたら、その感動が伝わらない、そんなことありますよね。
同じように、言葉で情景を描き、感動を伝える難しさも感じます。
「丘の上から湖を見ていたんですけど、湖面って青いでしょ。で、青空も広がってて。そしたら、青い鳥がその青空が映ってる水の上を飛んで行ったんですよ!」
う〜ん。感動がいまひとつ伝わらないですね。
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そんなときこそ、詩の出番です。
この詩は、短い一瞬の出来事を描いているとは言え、見ている者の目に映った順に、言葉が並べられています。
一行目で「青」という色を中心に、丘から見下ろした湖の様子が描かれていて、広い水面がゆったりと横たわる静謐さが感じられます。
そして、その静止したように見える湖面に、飛びゆくものが現れて、動きが生じます。それが、4行目ではじめて、青い湖面に溶け込んだ青い鳥であると気づきます。
そして、空を見上げ、また視線をふもとの湖に戻す。その間、目に入るのは「青」だけ。
とても簡潔な詩の中に「青」が何度も登場して、最後は、空と湖と鳥が一体となった「青」のインパクトを伝えています。
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今回の訳のポイント
この詩は、意味が単純で、しかし、訳すのがこれまでで最も難しく感じました。
言葉が限られているので、意味するところを補うような言葉を入れ込む余地がありません。
途中”The sky beneath me blue in blue.”という箇所も「眼下の空 青の中の青」では、何のことだか分からなくなってしまいます。inという単語から「溶け合っている」という言葉を導き出してみました。
また、最終行の”It caught his image as he flew.”を「鳥が飛び去るとき その姿をそれが捉えた」としても、空と湖と鳥の三者が一瞬だけ「青」に溶け合った感動を伝えきれません。
そこで、「一面の青が 飛びゆく青をつかまえた」としてみましたが、感動を言葉で人に伝えるって、本当に難しいです!