第8回 歳をとったと感じるときに思い出す詩
苺を詠んだ詩を、ご紹介しようと思います。しかし、今回のタイトルである「歳をとったと感じること」と「苺」に、どんな関係があるのでしょうか。
それを理解するためには、詩人的でロマンチックな想像力が試されます。そして、この詩は、1794年に書かれた「ソネット」という古風な形式でもあるので、わたしの日本語訳も、古風な日本語にしてみました。
ロマンチックな想像力と、古風なことば。この2つのスパイスによってわたし自身が感じる豊かな味わいを、皆さんにも味わっていただきたいのですが、理解していただけるかどうか、正直自信がありません!
まずは、地を這うように実をつけている可愛らしい苺を思い浮かべてから、この詩を見てみましょう。
*****
To The Strawberry
By Helen Maria Williams
The Strawberry blooms upon its lowly bed,
Plant of my native soil! — the Lime may fling
More potent fragrance on the zephyr’s wing;
The milky Cocoa richer juices shed;
The white Guava lovelier blossoms spread —
But not, like thee, to fond remembrance bring
The vanished hours of life’s enchanting spring,
Short calendar of joys for ever fled! —
*****
苺によせて
ヘレン・マリア・ウィリアムズ
苺の花は低き土の床に咲き居りて
われ生まれし土地の恵みなるかな
風精の運び来たる檸檬かおれども
芳しき乳白の加加阿も零るばかり
咲きにほふ蕃石榴をやうたふらむ
しかれどもいざ苺の花をし見れば
過ぐしてしむかしぞ恋しかりける
あはれとも盛りは有りしものなり
*****
現代語訳
苺の花は慎ましく地面の低いところに咲く
あなたこそが郷土の果実 もちろんライムが放つ
風の精に運ばれる豊かな香りも
カカオから滴る芳醇な果汁も
白いグアバが咲かせる可憐な花もある
しかし 苺よ あなたほどに
懐かしい昔を思い出させてくれるものはない
人生を謳歌したあのころが
短い人生の春が 過ぎ去ってしまった!
*****
言葉を見て意味がすぐに理解できないと、イメージが広がらないですし、詩の持つ雰囲気をどう楽しめばいいのか分からないのが、難しいところです。意味としては、どんなに魅力的な果実があろうとも、春の果物である苺こそが、過ぎ去った人生の甘さを思い出させてくれるということになります。
*****
わたし自身は、古風な英語も古風な日本語も、そのままで味わえるという特殊技能を身に着けたおかげで、楽しめる文学作品の時代の幅が格段に広がってしまいました。
日本語でも、千年も前の女性が書いた日記や物語を読むと、「好きだよ」や「会いたい」の気持ちを表現する何万もの言葉に出逢えます。そして、古風なことばだからこそ、やわらかでまろやかな味わいがあります。
*****
今回の詩はソネット形式で、その一部を抜粋したものです。本編はもう少し、過ぎ去った青春の甘酸っぱさをしつこく詠っています。
この詩のように、身近な事物を賛美するように歌うのがソネットの特徴の一つで、18世紀から19世紀にかけて美しい詩がたくさんあり、ロマンチックな欲望を満たしてくれます。また、形式に沿っているので、そろそろオチが来るなと予想できるのが、定型詩の良さでもあります。
*****
そして、詩を楽しむためには、ちょっとした連想の力も必要になります。
ここでは、「苺=春=人生の春=かつては若かった=今は歳を取った」という連想をしてはじめて、「苺」と「歳をとること」の関係性を理解できるのです。
こうした連想の力は、やはり触れてきたことばの量と幅に左右されるように思います。言語を学ぶプロセスと同じで、土台となるインプットがしっかりあるからこそ、楽しめるものとも思います。
*****
今回の訳のポイント
文語の良さとは何でしょうか。ひとつには、日本人に沁みついた五七五調のリズムの心地よさがあります。もうひとつには、語彙の豊富さが挙げられます。
例えば、口語では「だろう」としか言えないのに対して、文語では「む」「らむ」「らし」「べし」などのバリエーションがあります。また、過去のことや終わったことを語るのに、文語では「つ」「ぬ」「たり」「けり」と選択肢がたくさんあるのに、口語では「た」。この一言でしか表せないのです。
言葉を扱う以上、メッセージを伝える表現にバリエーションはあればあるほど良い。そういう欲張りな気持ちを満たしてくれるのが、文語なのです。
*****
欧米詩の文語訳となると、明治38年出版の上田敏による『海潮音』とそれに続く『牧羊神』が、最初にして最高の文語訳詩集と断言できます。
欧米の言葉を扱いながらも、神がかり的なことばの収め方と音律によって、まさに「妙なる調べ」が耳に心地よく、ことばで書かれたクラシック音楽のようです。わたし自身、今回は文語調の訳に挑戦しましたが、上田敏が30代前半で生み出した、100年以上前の傑作への崇敬と畏怖の念を新たにしました。