ENGLISH LEARNING

第6回 朝ごはんを食べているときに思い出す詩

にしだ きょうご

今日をやさしくやわらかく みんなの詩集

半径5メートルの小さな出来事を通じて、大きな宇宙を語るのが詩だ。そう宣言したいと思います。

身の回りのことが描かれているだけなのに、なぜか人生や過去・未来を考えさせられてしまう。それが、詩の不思議な力だと。

このことを分かっていただくために、今回はどうしても紹介したい詩があるんです!

「蝶々が笑う」というタイトルの1916年の詩で、朝食の情景を描いています。「朝食」と「蝶々」で、どうやって「過去・未来」を考えるんだ?と思うかもしれませんが、それが詩の魔法ということで。まあ、読んでみてください!

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Butterfly Laughter
By Katherine Mansfield

In the middle of our porridge plates
There was a blue butterfly painted
And each morning we tried who should reach the butterfly first.
Then the Grandmother said: “Do not eat the poor butterfly.”
That made us laugh.
Always she said it and always it started us laughing.
It seemed such a sweet little joke.
I was certain that one fine morning
The butterfly would fly out of our plates,
Laughing the teeniest laugh in the world,
And perch on the Grandmother’s lap.

蝶々が笑う
キャサリン・マンスフィールド

スープ皿の真ん中に青い蝶が描かれていた。
皿の底の蝶を最初に見るべく、早く食べ終えようと毎朝がんばったものだ。
すると、祖母が言う。「蝶々まで食べてしまわないようにね」
そうやって、みんなを笑わせた。
祖母がそう言うたびに、いつもみんなで笑った。
ほんのちいさな、かわいい冗談だったけれど、わたしはいつも思っていた。ある朝、
お皿に描かれた蝶は、飛び立っていくのではないかと。
世界の片隅でわたしたちは笑う。蝶はそれを笑う。
そして、祖母の膝のうえで、羽を休めるのだろうと。

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蝶は蝶でも、お皿に描かれた絵の蝶々。描かれた蝶は、想像の世界で宙を舞って、大切なおばあちゃんの膝の上にとまる。そう言えば、おばあちゃんはいつも蝶々の冗談を言っていたなあ。

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ひと言で言えば、そういう感慨を歌った詩なのですが、同じようなこと、私たちの生活にはたくさんありますよね。

押入れをゴソゴソ整理していたら出てきたキーホルダー。これをくれた小学校の友だちは元気かなあ。スマホで写真を探していてふと目に留まった写真。これってほんの2年前なのかあ。この2年間、いろんなことがあったなあ。

決して特別でない、日常の中の身の回りにある、小さなことをきっかけに、時間や距離を超えて思いを馳せることができる。大切に思うものや人が、そばにいなくても、その手で触れることができなくても、心だけはすぐに飛んでいける。

このようにして、詩という魔法の箒に乗ると、食卓のお皿の絵(半径5メートルの世界)から、大切なおばあちゃんの思い出(時空を超えた宇宙)へと飛んでいくことができるんです。

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この詩を書いたキャサリン・マンスフィールドはニュージーランドの作家で、生活の中にあって、「人生って、、、」と考えさせるような短編小説を多く残しています。この詩と同じように、大げさにではなく、静かにそっと思いを馳せるような、そういう優しさがあふれていて、ジーンとさせられます。

この詩も、韻を踏んでいるわけでもなく、また形容詞で飾り立てるわけでもなく、小説の一節のような佇まいですよね。でも、この流れがあってこそ、メッセージがすっと心に沁みると言えます。

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今回の訳のポイント

まずタイトルに悩みます。”Butterfly Laughter”ですが「蝶々の笑い」では、全く雰囲気が出ませんよね。ここは、敢えて「蝶々が笑う」としてみました。そもそも蝶々は笑うのかという不思議さから、詩の世界への切符を手にした感覚ですね。

もう一つ悩むのが、”Laughing the teeniest laugh in the world”です。「世界一小さな笑いを笑う」では堅いので、何とか解決したいところです。

ポイントとなるのは最上級です。必ずしも「~の中で一番」という意味でなく「とても」の意味で程度を強調することがあります。それを踏まえて、「世界一小さな冗談」というより「ほんとに大したことのないありふれた冗談」のニュアンスで考えます。

その上で、「世界の片隅でわたしたちは笑う。蝶はそれを笑う」と、やさしい言葉に落とし込んでみました。半径5メートルから宇宙を語るというコンセプト、そして『今日をやさしくやわらかく みんなの詩集』というこのシリーズのタイトルに免じて、この超訳をお許しください!

Written by

記事を書いた人

にしだ きょうご

大手英会話学校にて講師・トレーナーを務めたのち、国際NGOにて経理・人事、プロジェクト管理職を経て、株式会社テンナイン・コミュニケーション入社。英語学習プログラムの開発・管理を担当。フランス語やイタリア語、ポーランド語をはじめ、海外で友人ができるごとに外国語を独学。読書会を主宰したり、NPOでバリアフリーイベントの運営をしたり、泣いたり笑ったりの日々を送る。

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